初めて訪問したその日、鏡に映る自分に向かって、
「ちーちゃん?そこで何してるの?遊ぼ?」
彼女は話しかけていた。
幼児退行も見られ、自分の名前も言う事が出来ず、介助者の指示も入らない重度の認知症だった。
じっと座って食事を摂る事が出来ず、常に居室を徘徊し動き回るため、既にかなり痩せていた。
ワンピース姿に、常にぬいぐるみを抱いている。
放尿の症状も始まっており、廊下に座り込み排尿する彼女を、夫は強く掴み怒鳴った。
彼女は酷く怯え、金切り声に近い泣き声を上げ、別室へ逃げて行った。
認知症がここまで進んでいるのに、夫は病院に連れて行こうとはしていなかった。
異様な光景に立ちすくむ。
夫はそこから、自分のこだわりを語り出した。
まるで、妻は自分の「物」かのように、これまで全てにおいて「制限」していたようだった。
彼女の腕や足に、痣が出来ている事は、訪問してすぐに気付いていた。
然るべき手段を取らなければ…
そう頭の中で考えている一方、
きっと彼女は、長年の夫からの支配により、
夢の世界に入る事を選んだのだろうと、想像する。
今の彼女は、彼女にとっては幸せな世界。
夢が醒めない方が幸せな人もいる。
※題「夢が醒める前に」
妻が自宅で待っている。早く帰りたい。
「お若い頃は、何されてたんですか?」
「ずっと会社勤めのサラリーマンだよ。今もそうだ」
「そうですか。お食事はご自身で作られていますか?」
「妻がいるんだから、妻だよ。それはそうと、いつ帰れるんだ?」
「そうですね。身体の事もあるので、ご家族さんと相談してみないと…ですね」
ガラッと、真っ白な部屋のドアが横に開いた。
妻の顔だ。迎えに来てくれて良かった。
妻の名前を呼ぶ。
「何を言ってるのお父さん…お母さんは10年も前に亡くなってるでしょ。お父さんもうすぐ85になるのよ」
目の前の人間は誰だ…
…妻が自宅で待っている。早く帰りたい。
※題「ずっと隣で」
とても、個人的な感情。
作話にもならない。
「想像力」
全てがそれで解決されるように思う。
横柄な人からの仕事依頼。
結局それは依頼主の、それしか知らない「可哀想な人」
理不尽な言葉。
結局それは余裕の無い人の苛立ちの「捌け口」
傷つく言い方。
結局それは、語彙力の無い人の「説明と言葉足らず」
誰もが、もう一歩、踏み込んで想像してみる事が出来たら…
世界はもう少し、平和かもしれない。
※題 「愛と平和」
お金より大事なものは…
はっきり言いましょう、無いです。
作り話でもなんでも無い、本当の内なる言葉。
食べられない、塾のお金が払えない、行きたい学校に行かせられない…
そんな辛い思いは、誰もしたくないでしょう?
私は頑張って働き、行政書士から実業家として道を開いた。事務所も開き、コネクションを作り、それなりの収入を得られ、投資や土地にお金を注ぎ込んだ。
私が亡くなった今。
3人の子どもたちは、遺留分相続で、調停で争っている。
家族を持つことは、手枷足枷と同じ。
僕には耐えられない。責任も持てない。
自由がいいんだ。
だけど性交渉はしたい。
だから、都合の良い女性がいればいいな。
優柔不断だと言われても良い。
苦しい生き方なんかしたってしょうがない。
僕には絆なんて、いらない。
ドクターからICがあった。
胃がん ステージ4 既に腹膜播種も起こしている。
自宅の暗闇の中…家族と一緒に来てください、というドクターの言葉が、頭の中でこだましていた。