子どもの同級生のママが、話しているのが聞こえてきた。
「…そう、うちの夫はいつも、ありがとうって言ってくれるの。ご飯を作っても、掃除しても、子ども達と遊びに行ってきても…」
感嘆の息が漏れ、羨ましいと口々に言うのが聞こえた。
彼女は続ける。
「別に大した事なんてしてないし。いつも通りのことをしているだけなのよ。それでも、毎日、何度も言ってくれる…」
嫉妬の色が、空気に混ざる。それでも空気は透明なまま。彼女は続ける。
「…腹が立つのよ。毎日毎日、ありがとうって。ほんと、もっと言う事無い?って思うでしょ」
空気が一瞬にして真っ白になり、笑い声が廊下に響いた。
題:たまには
とても、
個人的な、
たったひとつの、希望は。
いつか、必ず。
死がおとずれる、ということ。
「欲望」
ふと足元に転がった、欲望。
知ってる。君を、知らないとは言わせない。
やんちゃなグループの筆頭格が、足を出した。
それに「欲望」は躓いた。
転がる「欲望」…
それでも、きっ!と睨み返す。
理不尽なあいつの仕打ちをやり返す。
「欲望」は、欲望のままに、
あいつの襟元を掴み、押し当てこれでもかと窓の外に押し出した。
「欲望」の欲望は、目の前にいるあいつの泣いている顔など…もう。
見えてはいなかった。
「欲望」は、欲望の、ままに。
排泄と簡素な食事以外は、ベッドの中で丸まったまま一日を過ごし、日曜日が終わろうとしていた。
職場のことが少しでも頭に過ぎると、鉛のように重いものを胃の臓腑に感じて、気持ち悪くなる。
何処の職場でも、人間関係のいざこざがあることは理解している。
その、人間関係に労力を割くことには、ほとほと疲れた。
「角が立つから」もちろん意思表示はしない。
何も言わず、ひたすら就業時間が終わるのを待つ。
そんな明日を迎えなければならない。
カーテンを閉め切ったままの部屋は、今にも泣き出しそうな空の色をしていた。
ふと、カーテンの隙間から、丸い月が見えた。
立ち上がり3階のベランダから外を眺める。
月の下には、星屑のような家々の灯りが揺らいでいる。
広い世界の中のちっぽけな自分。
自分のことなど、誰も気には止めていない。
急に、突き刺すような風が吹き、髪を撫で通り過ぎた。
誰かに背中を押された気がした。
…仕事、辞めよう。そう、心に決めた。
ネット上の言葉だった。
「今の時代、子どもを作るのは、バカか金持ち」
かなりの数の「いいね」がついていた。
「バカ」と「金持ち」の差は、単純に環境だろう。
身の丈に合った選択が必要だ、ということ。
本当に正論だと思う。
そう、これからの時代はみんな利口であるべきだ。
年月が経ち…年老いた私は、自身の部屋のベッドにひとり横たわっている。
私の横には、介護用のAIが家族として座っている。