家族の為。
大袈裟ではなく、本当に家族の為。
資格も取得し、管理職までになった。
だが、ある日辞令が下りた。
地方都市への異動。要は必要がないという事。
娘は高校生になったが、日頃より留守がちだった自分は空気以下の存在。
どうやら妻は、パート先の男と恋仲らしい。
冷蔵庫の中に、自分の好む物は何も無い。
どうだろうか。
「家族の為」と大義名分をかざして、家族から目を背け続けた自分が、今更抗ったところで何になるだろう。
「相手にされてない」
ただ静かに冷蔵庫の音だけが、ブーン…と鳴る。
それは、自分自身が家族に行ってきた事ではないのか。
今更…
「…なんで?早いじゃん」
何も無い冷蔵庫を開けながら、高校生の娘は言った。
妙な間合いの後、暇だから炒飯作るよ、と答えた。
何も無い冷蔵庫を開けながら。
当たり前の事だけど、歳を重ねると、沢山の病気にかかり、沢山の出来ない事が増える。
喪失体験も数多くし、思うようにならない身体の上に、心すら思うようにはならない。
「自分がこんなになるなんて、若い時には、想像もしてなかった」
「こんなはずじゃなかった。どうして自分が」
そう感じるのに、年齢制限は無い。
みんな同じ。
積み重なった枯葉は、いつか腐葉土になる。
歳を重ねた分だけ、積み重ねたものがある。
私は言う。
あなた方が生きた年数分、尊敬すると。
あなたのお気に入りになりたかった。
後ろから聞こえる、あなたの低くて響く声。
後ろの席に座るあなたに対して、どれだけ声を掛けたかったか。
プリントを配る時、腕まくりしたあなたの腕、手、指、血管を見てはどきどきした。
もちろん、あなたとは違う進路を辿る。
これでさよなら。
卒業式の日。
僕は、遠くから彼を見つめたまま、校門を後にした。
冷たい石の獄の隙間から、月を見上げる。
全てを見通せるほど明るい。
「信仰があると、婚姻をしてはならない」
この世界の決まりであるから、仕方ない。
本当にそうだろうか?
この世界の秩序や正義は、本当に正しいだろうか?
人々が当たり前と思っている狭間に弱者がいて、世の中の「当たり前」で見えなくなってないだろうか。
私は、明日絞首刑に処される。
名前はウァレンティヌス。
※バレンタインの語源となった逸話より
わたしの、命が終わる時。
さんざん見送って。
さんざん、別れも経験して。
さんざん、その分だけ辛い思いもした。
走馬灯。
そんなの。いらないの。
わたし、覚えてるから。
最期。
わたしの、横にいるのは誰だろう?
衣服を脱ぎながら霧の中を走る。
わたしに、必要な物などない。
裸足のわたしが、川の向こうを眺める。
「お願い連れてって!」