冷たい石の獄の隙間から、月を見上げる。
全てを見通せるほど明るい。
「信仰があると、婚姻をしてはならない」
この世界の決まりであるから、仕方ない。
本当にそうだろうか?
この世界の秩序や正義は、本当に正しいだろうか?
人々が当たり前と思っている狭間に弱者がいて、世の中の「当たり前」で見えなくなってないだろうか。
私は、明日絞首刑に処される。
名前はウァレンティヌス。
※バレンタインの語源となった逸話より
わたしの、命が終わる時。
さんざん見送って。
さんざん、別れも経験して。
さんざん、その分だけ辛い思いもした。
走馬灯。
そんなの。いらないの。
わたし、覚えてるから。
最期。
わたしの、横にいるのは誰だろう?
衣服を脱ぎながら霧の中を走る。
わたしに、必要な物などない。
裸足のわたしが、川の向こうを眺める。
「お願い連れてって!」
「桜の木の下に埋めてくれ」
亡くなる数日前、弱々しい声で父はそう言った。
「墓地埋葬法に抵触するよ」
可愛げも無い答えの無い答えが、宙を舞った。
アルコール依存症だった祖父とは会った事がない。父が16歳の時に他界しており、全ての写真を焼いてしまうほど、父は嫌っていた。
父が8歳の時に、10歳だった姉は近所の変質者に殺され全国的なニュースとなった。それが起因したのかは、分からないが、祖父はまともに働く事がなかった為、とても苦労したと聞いている。
そんな父は、典型的なアダルトチルドレンだった。
社交的だが、短気ですぐに人間関係を切り、定職も数年毎に変え、母には暴言、時には暴力も振るった。
挙句に借金が積み重なり、離婚。市営住宅に移り住んだ。
ろくでもない父なのに。
一生懸命 不器用ながら家族を愛そうとはしていた。
私は、母がひとり住む実家を訪れ、年老いた桜の木の枝を折り、そっと父の棺の中に入れた。
突然だった。
「だったら、別れよう」
急な未読無視から、なぜ?と聞いた際の返事だった。
きっと、彼からすると。突然ではなかったのだろう。
私の心は、深く深く暗闇に堕ちていった。
誰もがみんな「原因は自分ではない」と思いたい。
私も、そのひとり。
他に好きな人が出来た。もっと沢山の女性と遊びたくなった。他にやりたい事が見つかった。仕事を優先したかった…とか。
いや、たぶん。
私に原因があったんだ。
変わりゆく彼の気持ちに、気がつく事が出来なかった。「彼の求めるもの」を私は持ち合わせていないと認める事が出来なかった。
今、気がついたよ。
私にとってもあなたは、私が求めるものを持ち合わせていない。
たった一度の関係だったのに、店先に並んでいた500円の小さな花束が嬉しくて。
浮かれた私は、遊ばれたことに気がつかなかった。
気付いた時には、花弁は床に落ち、彼はいなかった。
それから、花を見るだけでも嫌悪を抱いた。
遊ばれたことに気がつかなかった自分を、一番嫌だと思った。
セフレだとか、元彼と友達だとか。
私には合わないようで、その後彼からの久しぶりに来た連絡も無視した。
いつか私は、もう一度。
花束を見て「きれい」だと思えるだろうか。