「アイス食べたい!」
6月も後半、しかも昼間の部活帰り。少しずつ熱くなってきて、お腹も空くこの時間に誰か1人がそう言い出すのは、ごく自然なことだった。
残念なことに今日は気持ちいいくらいの快晴で、歩く私たちをジリジリと照りつけている。紫外線は刺さるわ、暑いわ、肌が痛いわ、逆にだるいくらいである。ベタベタと汗で張り付くカッターシャツが気持ち悪い。
「どこで買う?」
「○ャト○ーゼしか許されないわ、舐めてんの?」
「いや、舐めてはない」
「急にどうした」
「最近金欠なんだよ察せや」
「暴君か」
ポンポンとテンポよく交わされる会話が心地よい。
1人は後ろ向きにフラフラと歩いて、もう1人は横向き。器用なもので、先程から何にもぶつかっていない。しかも、打てば響くようにこちらが喋れば言葉が返ってきて、勝手に会話が発展している。もはや感心してしまうレベルだ。
ほら、今度は何故かイ○ンにできたりんご飴屋さんの話をしている。ってかあれ食べたことあるのかな、ちょっと羨ましい。
「私も食べたことない」
「えっ、仲間じゃん!今度一緒に食べ行こ!」
「いいよー」
「アイスにりんご飴て…太るぞ」
「うるせー、歩くからプラマイゼロですぅ〜」
いー!と晒される、恥ずかしげもクソもない変顔にまたみんなで笑ってしまう。そうしたらその子もいつの間にか笑っていて、さらに笑いが込み上げて来た。さっき怒ったと思ったら笑って、コロコロ変わる表情が楽しい。
店の自動ドアを通った瞬間、冷えた空気が肌に当たった。扉を開けるとそこは…何だったっけ、忘れた。
店の中は、土日のお昼時なのもあってまあまあ人が多い。人の間をすり抜けて、一直線にアイスのコーナーへと向かう。
○ャト○ーゼのアイスは素晴らしい。このご時世に100円以下のアイス。しかもかなりレパートリー豊富。ガリガリ君ですら値上がりして、100円を越してしまっているのに。いつも学生に優しい値段で、ありがたいものである。
隣では、小さな女の子がアイスコーナーを真剣な目で見つめていた。いちごの棒アイスと、チョコアイスの最中とで視線を彷徨わせて、5往復くらいさせたのちに、いちごのアイスを手に取った。小さな女の子にいちごのアイスはとっても似合うと思う。かわいい。
気を取り直して、私も自分のアイスを選ぶことにする。値段高めのチョコと抹茶のアイスと、さっき女の子が選んでたいちごのアイスが美味しそう。濃厚なのか、さっぱりしたのか…
「__、アイス決めた?」
ちょこちょこと隣に張り付いてきた友達に、アイスから視線を逸らさずに答える。
「まだ、迷ってる」
「えー、どれとどれ?」
「抹茶チョコと、いちご」
答えると、友達の目がパチパチと瞬き。ショーケースの中のアイスは心なしかキラキラと光ってるように見えて、思わず涎が垂れてくる。どちらもやっぱり美味しそうだ。どうすべきか。
また悩んでいると、腕を突かれた。
「私、チョコ抹茶買いたいんだけど、一口食べる?」
願っても見ない申し出に、振り向いた。視線の先の顔が、おかしそうにくすくすと笑っている。
「いいの?」
「うん、その代わり、__のも一口ちょーだい?」
「もちろん」
にぱっとした笑顔が爽やかだ。こっちまで嬉しくなってくる。
そう言えば、去年もこのやりとりをして、アイスを一口食べさせてもらった気がする。友達と分け合うアイスって、ある意味夏の風物詩だ。今年こそは私から誘いたい。
小さな目標を一つ立て、レジに並んだ。
夏の気配
(アイス分け合う学生って尊いと思うんです)
「ぅっくぁ〜」
カタン、と音を立てて、走らせていたペンを置いた。これにて宿題はひと段落。達成感と疲労感に大きく伸びをする。おおよそ体からなるとは思えない音が鳴り、かなり筋肉が凝っていたのだと気がついた。冷房の音が聞こえる。昔、唸っているようだと言ったら友達に大笑いされた。自分にとってはどこがおかしいのかわからない。まぁ、彼女はどこかツボも沸点もおかしい友達だったのだ、と自己完結している。
外は真っ青な、目に痛いくらいの青空だ。いや、真っ青な青空って何だかおかしいかもしれない。仕方がない、現国のテストで赤点ををとるくらいの語彙力なのだ。網戸から風が入り込んでくる。昨日は雨が降ったせいか、少しだけ涼しい風に目を細めた。
網戸の前は私の定位置だ。風が入ってきて心地がいい。この網戸は歪んでいて、左右にスライドすることができない作りになっている。これは、小学生の頃に家の中で鬼ごっこをしていた友達が壊したからだ。
こんな暑い夏の日。目の前の小さな背中について行って、家の階段を駆け降りる。それは止める間もなくずんずん進んで行き、気づいた時には既に外へ飛び出していた。
ギラギラと暑くてうざったい青空の下、それは子供特有のキラキラとした輝きを纏っていて、やたらと眩しかったのを覚えている。やっていることは器物損壊でも、何だか爽やかで絵になっていて不思議だった。
あの、無知でも進もうとする子供の、謎の眩しさは何なのだろうか。
その後その子はこけて、座り込んでしきりに瞬きを繰り返していた。それもまたなんだかおかしかった。窓を締め切っていなかったのが不幸中の幸いと言うべきか。おまけに、網戸は歪んだだけで破けもしておらず、本人も怪我はなかった。あの子は悪運が強かったのかもしれない。
日常生活では動いてくれないこの網戸。掃除の時は不便でイライラするし、たまに母や父が外す。
それでも、この網戸が嫌いじゃないし、変えてほしいとも思わないのは、見るたびにあの眩しさを思い出すからかもしれない。
「まだ見ぬ世界へ!」
「 」
-なにも、返事は返ってこない
「また無茶したねー」
ヘラヘラとしたうざったい声に、少年は頭上を睨んだ。案の定、軽薄そうな笑顔が見える。
「うるせぇ」
少年の暴言に、男はひどい!といって口元に手を当てる。シクシクとなき真似をする手の下は満面の笑み。その顔がまた少年の苛立ちを加速させるのだ。少年は舌打ちした。
「大体、無茶も無謀も1人で敵陣に突っ込むやつよかマシだ!」
病棟であることを多少は気にしているのか、小声で噛み付く。男はそんな賢い少年の頭を撫でる。少年の顔が一段と険しくなる。全て逆効果である。
「俺は良いじゃん、子供を守るのは大人の役目だもん」
「年上ヅラすんな、」
ペシッと男の手を払い、睨みつける。だんだんとうるさくなってゆく2人に、看護師は注意するか否か迷っている様子だ。そんな周りも梅雨知らず、男は少年の態度にムスッと顔を顰め、腕を突いた。
「いだっ」
先程怪我をした場所が痛み、気を抜いた少年を男がたちまち抱き込んだ。身動きが取れない。
「はーい怪我人は大人しくしてようねー」
「はなせや!」
案の定、少年が暴れる。流石に見過ごせなくなった看護師から「静かにしてくださーい」と注意された。2人とも、ハッとして止まる。周りを見ると、生暖かい視線を感じた。少年は舌打ちをして俯き、男は少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。
その後、しばらく小競り合いをしていた2人だが、少年は男に抱き込まれた状態で安定したようだった。
男は揺籠のようにゆらゆらと揺れながら少年の髪を撫でる。少年は諦めて、されるがままだ。
「リンはもう少し大人を頼ろうなー」
「説教かよ」
「人を頼るのは大切だからな!」
少年はうんざりしたようにため息をついた。「どの口が」と呟いたが、男は見て見ぬ振りである。都合がいいのか何なのか。少年はうんざりとまたため息をついた。
「あっそうだ!」
男はいきなり大声をだして、んふふ、と笑う。少年はそれが気持ちの悪い笑みにしか見えない。悪魔かと錯覚した。
「なんだよ」
「合言葉を作ろう」
「合言葉ぁ?」
思わず間抜けな声が漏れた。突然の小学生のような提案に、少年は混乱した。大丈夫なのか、この頭。
思わず拳を握ったが、すんでのところで思いとどまった。えらい。
「そう!リンが俺に助けをもとめるときにつかう合言葉!良いでしょ」
少年の不穏な行動を知ってか知らずか、男はそのまま無邪気に笑う。少年はまたうんざりと顔を顰めた。
「ガキかよ」
少年の無性に実感を伴って吐き出された言葉も無視して、男は首を捻り出した。話は聞かないと言わんばかりである。
「いーじゃんつくろーよー、はい決定!なんにする?」
「勝手にやっとけ」
「え〜なにがいいかなぁ?うーん・・・あっそうだ!」
「 」
「この合言葉を言えば、俺が必ず駆けつけるからね」
嘘つき
(ごめんね)