No.46:『記憶』
頼りない記憶を
とりだして眺めている
お姉ちゃんの宝箱を勝手に開けた
小さな頃のように そっと
壊れそうな記憶を
慎重にひろいあげる
ティンカーベルの魔法がかかった
ビーズの指輪を 隠れて試した日のように
うっとりしながら
ささやかな記憶のかけらを
繋ぎあわせて 大きくなる ときめき
No.45:『もう二度と…』
もう二度と萎まない風船みたいな心が欲しい
しょぼくれた顔してたら
桜の花にも気付けない
春風は 冷たいけれど
白鳥は 帰りつき
燕は やって来る
高く飛ばなくていいから
僕の心も ふわふわと
空を飛んでゆけ
No.44:『雲り』
あたしいい子になりたくない。
どうでもいい子なんて、いやだ。
降り出しそうな予報でもオープンカーで迎えにきてよ。
あの娘の代わりに助手席に乗って、あなたの風を感じてみたい。
月の光も通さない分厚い雲に覆われた日曜日は、拗ねた顔でも隠しておける。
誰かに見られてもいいの。
恋人に間違えられたらそれでいいの。
あたしは聞き分けのいい子じゃないんだから。
No.43:『bye bye…』
「卒業式終わっても、感動とかしないタイプなんだよね」
ユウは卒業証書が入った筒を外階段の手すりにがんがんぶつけた。
そうだろうな、とは思った。
学校をサボり続けたユウの嗅覚は伊達じゃない。ギリギリの単位を狙って授業に出なかった奴は、他にも何人かいたのだと言い当てた。
「みんなハルんとこ来て、暇つぶししてた子ばっかじゃん」
「あいつらなー。この前よく振ったコーラ貰って、泡まみれになったわ」
仏頂面だったユウが途端に笑い出す。
別に泣かなかったことが悪いとは思わない。
てか、何が正解とかないんじゃね?
俺は刷毛をペンキに浸して、壁の絵の仕上げにとりかかった。
「この黒猫って何を見上げてんの?人?空?」
ユウが黒猫の目線を追って、隣のビルの窓を凝視する。
俺の落書きをちゃんと見てんのは、コイツだけだ。
この絵が完成したら、ユウも俺も街を出る。
他人になるんだ。お互いに。
No.42:『君と見た景色』
雑居ビルの裏口を素通りして、ハルんとこに行った。
猫の足跡を踏まないように。
結構苦労した。ペンキまだ乾いてないっぽいし。
外階段の踊り場で、ハルは真剣な顔つきになっていた。
刷毛を握りしめたまま、微動だにしない。
「進んでんの?」
「んー?まあ、休み休みやってる」
ハルの手がける騙し絵みたいな落書きは、仲間内ではウケがいい。大人からはよく思われてない。
あたしは壁の絵を眺めて、鼻を鳴らす。
大きな黒猫が爪を研いでる。ハルの頭から引っ張り出したイメージ。そこには、ルールなんてない。
「猫の目が…しゅっとしてこないんだよ」
ハルはぼんやり呟いて、目を閉じた。自分のイメージと格闘しているみたいだ。刷毛の先からインクが落ちる。
今日はもう引き上げた方がいい。
最近この辺見回り増えてるし。
「また明日来ればいいじゃん。ハル、帰ろ」
あたしはハルの手を引いた。けどハルは、完成途中の絵の前でじっと目を瞑ったままだった。