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No.42:『君と見た景色』

雑居ビルの裏口を素通りして、ハルんとこに行った。
猫の足跡を踏まないように。
結構苦労した。ペンキまだ乾いてないっぽいし。

外階段の踊り場で、ハルは真剣な顔つきになっていた。
刷毛を握りしめたまま、微動だにしない。

「進んでんの?」
「んー?まあ、休み休みやってる」

ハルの手がける騙し絵みたいな落書きは、仲間内ではウケがいい。大人からはよく思われてない。
あたしは壁の絵を眺めて、鼻を鳴らす。
大きな黒猫が爪を研いでる。ハルの頭から引っ張り出したイメージ。そこには、ルールなんてない。

「猫の目が…しゅっとしてこないんだよ」

ハルはぼんやり呟いて、目を閉じた。自分のイメージと格闘しているみたいだ。刷毛の先からインクが落ちる。
今日はもう引き上げた方がいい。
最近この辺見回り増えてるし。

「また明日来ればいいじゃん。ハル、帰ろ」

あたしはハルの手を引いた。けどハルは、完成途中の絵の前でじっと目を瞑ったままだった。

3/21/2025, 7:41:50 PM