No.38:『叶わぬ夢』
叶う方が珍しいじゃん?
それでも あたしは アリスになりたかったよ
No.37:『花の香りと共に』
地元の大学に合格した。うちの高校半数以上が進学する定番コースで、俺も先生にのせられたくちだ。
偏差値。安全圏。判定。
今思えば、本気じゃなかった。
大人の顔色だけを頼りに、なんとなくこの辺でいいか…と自分の未来を選んでいた。
この先、スティックでカウントを取ることも、ドラムセットの前に座ることもないだろう。
半年以上穴が開くと、どうでもよくなった。
コンノは、俺のそんな態度を見透かしていたのかもしれない。
地元に残ると告げたら、彼女は携帯用の櫛で髪を梳かす手を止めて、怪訝そうな顔で俺を睨んだ。
「ハザクラ先輩って夢追いかけるタイプだと思ってた」
夢を追う。聞こえはいいけど、一歩間違えば明日どうなってるかわからない暮らしだ。
返事に困って、コンノの髪をわしゃわしゃ撫でた。
彼女は眉を顰めたままだった。
進学は夢から逃げる手段でしかない。
校庭の桜を見下ろし、ひとりで机の中を整理する。
コンノは今日、俺の元には寄らずに帰ったんだろう。
高校生活の終わりに彼女に振られる形になるっつーのも、まあ悲しい。
でも、仕方ないよな。
コンノにはコンノの考えがあるんだろうし。
俺があいつの前髪を乱した時に、ふわっと香ってたの、何の匂いだったかな。
確か薄いピンクっぽいヘアコロン使ってたはずだけど…。
桜の細い枝が春風に煽られて、大きくしなる。
桜にも香りがあるんだって俺は今ようやく気がついた。
東京に行くのが正解かはわからない。でも、俺なりに桜を見つけ出そう。
No.36:『ざわめく心』
ハザクラ先輩、東京行くって。
昨日の放課後に聞こえてきた噂が、あたしの心を打ち砕いた。
先輩はこの間まで、地元に残ると言っていた。
たまにあたしと遊んでもいいと約束してくれた。
でも……東京は夜行バスじゃなきゃ無理。
「コンノも来年は同じ境遇だからなー、頼むぞ」
無理して笑ってた姿が蘇ってくる。
あの日、先輩がわしゃわしゃした前髪に櫛をいれて、めちゃくちゃ梳かす。
真っ直ぐに整えて、頑張って分け目をきれいにして、だけど先輩そんなことには目もくれない。
いいや。もう。櫛をポケットに入れて、あたしは女子トイレを出た。
先輩の気持ちが変わることを責めたりはしない。
あたしがいちいち流されずに、笑って受け止めてればとりあえずは平和だし。
ハザクラ先輩は東京へ、あたしは三年の教室へ移動して、その生活に染まりきって忘れちゃえば、もっと平和。
ざわめく心を失くして、あたしたちは穏やかな毎日を過ごせばいい。
短くしたスカートに、窓の隙間から入り込んだ春風が容赦なく吹きつける。寒いから早く帰ろ。
先輩の教室に顔を出さなければ、歩いて10分で駅に着くでしょ。
No.35:『君を探して -舞踏会の靴跡-』
十二時の鐘に急かされて どこへ行くんだ?外へ出るのは危ない
闇夜に臥す ガラスの靴を捕まえるも 君はとっくに消えていた
さようならも言わず 馬車に飛び乗った人を目にしてから 眠れない
この靴を手がかりにしてまた会えるのか…と 思いわずらい日が昇る
No.34:『透明 -舞踏会の靴跡-』
透明すぎる靴を脱いで あなたの前からいなくなろうと決めた
真夜中に姿をみせたネズミとトカゲと 裸足で急ぐ帰り道
朝靄にかすむお城で あなたの瞼は 眠りにつくのでしょう
さようなら ワルツを踊り明かした夢が ちゃちなかまどで燃え尽きる