No.37:『花の香りと共に』
地元の大学に合格した。うちの高校半数以上が進学する定番コースで、俺も先生にのせられたくちだ。
偏差値。安全圏。判定。
今思えば、本気じゃなかった。
大人の顔色だけを頼りに、なんとなくこの辺でいいか…と自分の未来を選んでいた。
この先、スティックでカウントを取ることも、ドラムセットの前に座ることもないだろう。
半年以上穴が開くと、どうでもよくなった。
コンノは、俺のそんな態度を見透かしていたのかもしれない。
地元に残ると告げたら、彼女は携帯用の櫛で髪を梳かす手を止めて、怪訝そうな顔で俺を睨んだ。
「ハザクラ先輩って夢追いかけるタイプだと思ってた」
夢を追う。聞こえはいいけど、一歩間違えば明日どうなってるかわからない暮らしだ。
返事に困って、コンノの髪をわしゃわしゃ撫でた。
彼女は眉を顰めたままだった。
進学は夢から逃げる手段でしかない。
校庭の桜を見下ろし、ひとりで机の中を整理する。
コンノは今日、俺の元には寄らずに帰ったんだろう。
高校生活の終わりに彼女に振られる形になるっつーのも、まあ悲しい。
でも、仕方ないよな。
コンノにはコンノの考えがあるんだろうし。
俺があいつの前髪を乱した時に、ふわっと香ってたの、何の匂いだったかな。
確か薄いピンクっぽいヘアコロン使ってたはずだけど…。
桜の細い枝が春風に煽られて、大きくしなる。
桜にも香りがあるんだって俺は今ようやく気がついた。
東京に行くのが正解かはわからない。でも、俺なりに桜を見つけ出そう。
3/16/2025, 8:03:06 PM