おきた

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4/14/2023, 9:33:54 AM

最近、皆が私をバカにするのです。ただの小さな土竜なんかが、お天道様に惚れるだなんて。身の程知らずだと言うことは、これでも4年ほど生きて参りますので、承知の上ではあるのです。人間の方からすると、生まれて4年だなんて喃語を卒業したばかりの、ほんの小さな子供のように感じられるかも知れませんが、土竜からすると、もういい歳なのです。

長い時を生きて、私は、この暗くて湿った土の中にすっかり飽いだ。私達の先祖が地上を捨て、進化を繰り返す過程で私達は良く見える目を失いました。どこへ行こうとも何も見えずひたすら進むだけの日々。前も後ろも上も下もありやしません。

私が特異なだけで…普通土竜は物を考えたりなどしないのです。口を開けば腹が減った、危険、安全、交尾だの………彼らは何故ここに居るのか、何故生きるのか、死ぬとは何か、存在とは何か……考えないからこそ、閉鎖的な土の中でもおかしくならずに済んでいるのです。思考するから狂ってしまう。人間におかしい個体が多いのは、おそらくそういう事でしょうと私は見当をつけております。私も例外ではなく、物を考える私にとってこれまでの生は地獄のような日々でしたが…あの日、あの光を見てから私の心には、一つの気持ちが芽吹いたのです。

あの日、ついつい地上近くまで穴を掘り進めてしまった。私には猫や鳶に対抗する術もありませんから、急いでまた地下に潜ろうとしました。そうして足を上げた時、うっかりつま先が地面に触れて土が崩れ落ちたのです。小さな穴がぽっかり空きました。

私達はとびきり臆病なので、驚いてしばらくの間息を潜めて様子を見ていましたが、特に変わった様子も見れないのでおそるおそるその穴に近付いてみたのです。私は目が良くありませんから、随分近くまで行って初めて、穴から一筋の光が見えているのに気が付きました。白く黄色い光の筋を見て、私は輝くと言うものの美しさを知りました。ですが、こんな美しい光に暗く湿った土の中はそぐわないと思い、心苦しくも私はすぐに穴を塞いでしまったのです。

それからというもの、私の心はすっかりお天道様に持っていかれてしまいました。この事をこぼしでもしますと、またバカにされてしまうので言いませんが……私もそう長くは生きないでしょうし、今生の土産にお天道様をこの目で拝んでみたいと思うのです。そうすれば、私の一生もそう悪くなかったと思える事でしょうから。

………………

あなたは聞き上手だな。
おかげで予定より長く話してしまいました。
や、申し訳ない。お疲れではありませんか。
…それなら良かった。
……もし、生まれ変わりがあるのなら、あなたと同じ蚓になりたい。いつでも天道様を拝めるなんてこの上ない幸せだろうし……飽いだと言いましたが、土の中は私の故郷でもありますから。

…ええ、では、そろそろ行って参ります。
おそらく帰っては来ないでしょうが、お元気で。
あなたも、自分の生き様を好きに決めて良いのですよ。私のように。…………………それでは、また。

4/13/2023, 12:20:51 AM

今日、ついにあなたを手放しました。…手放すと言うより、自然に還した、と言った方が適切でしょうか。
一周忌を迎えてもなお、あなたの言葉通りにできなかったのは私の弱さです。合わせる顔がありません。
…光陰矢の如しとは言いますがまさにその通りですね。人間なんて一丁前に物を語るくせしてすぐに死んじまう。でも、一緒に過ごした数十年はとにかく幸せでした。

粉になったあなたの骨が風にザアッと巻き上げられて、半分ははるか遠くの空へ消え、もう半分はしばらくしてやがて海へ落ちていくのを日が暮れるまでじっと見ていました。高熱にさらされてからからになった骨を入念にすり潰しておいたので、面白いほどよく溶けた。
釜の中はひどく熱いから水が恋しいでしょうし、海を見た事がないと言っていたので海を選んだのです。
あやめ色の海水に私の顔が映って、あなたが隣にいたら…と思ったけど、あなたは海になったのをすっかり忘れていました。とても綺麗よ。

気づいてましたか。星の光はキラキラチカチカ揺れ動いているのです。何万年も前の光が、今になってようやく地球に届くの。なんて神秘的なんだろう。
そういえば、骨には炭素が含まれるでしょう。それを利用して遺骨をダイアモンドに加工する人が居るらしいけれど…私はそんな事しません。あなたの放つ光は一万年後もきっと私を焦がすだろうから。
あなたがダイアモンドに成り損なっても、あなたが生きていた事はきっと忘れません。

だから、許して。まだ動くあなたを燃やした事。
愛してたの…………

4/10/2023, 10:37:04 AM

今日にはチューリップがいくつか咲きました。
梅や桜はほぼ散ってしまいましたが、八重のものが今は盛りです。
他にも、菜の花であったり、水仙だったり、芝桜なんかも楽しめます。じきにハナミズキも咲きましょう。

あなたはいつも遅くに起きてきますから、こちらとしても準備が楽で助かります。準備と言っても…湯船にお湯を張ったりだとか食事の用意程度のものだから、大した事ではないけれど。
まあとにかく、いつ起きても大丈夫な様、準備は終わっておりますのでいつでも目覚めてくれて結構よ。
どうしても瞼が重くてしょうがないなら、部屋の窓を全て開けて、春の柔らかい日差しをお部屋に入れて差し上げましょう。風が良い気持ちですよ。
子供達も冬の間は随分と退屈そうにしていました。そう言えば、末の子が雪だるまをあなたに見せるんだ、って意気込んだは良いものの、結局溶かしてしまってそれはもう大泣きして大変だったもの。

あんまり大騒ぎするので、あるものを購入したんです。写真機と言うものをご存知?
私達が普段見ている景色をそのまま切り取ってくれる機械の事です。
以前、冬の空はどんな色をしているのか、しんしん雪の積もった松の枝はどんな風に枝垂れるのか、その年で一番初めに芽を出した雪割草の花はどこなのか……見たことがないと言っていたでしょう。
だから、冬の出来事を事細かに残しておいたのです。起きて、顔を洗って、スウプを飲み終わったら子供達と一緒に冬を振り返りましょう。話したい事が私も子らもたくさんありますから。

人間からすると…大義ですねえ、龍というものは。そんなあなたを選んだのは私なのですが。うふふ。

4/9/2023, 8:49:47 AM

きっとこれからも、ずっと、あなたが知る事はないのでしょうね。
でも、それで良いのです。血肉を啜り長い時を生きる鬼様の隣を、私の様な蛇なんかが独り占めするなんて、間違っても考えちゃいけません。

風の噂ですが、隣山の雪女があなたにすっかり惚れ込んでるそうですよ。雪女と言うと、三百年前にあなたを祓おうとした寺の坊主をとっ捕まえて、すでに半分ほど凍ってきた頭をそのままバリバリ食っちまった、あの雪女でしょう。
あれは胸がカッと熱くなって、なんとも、なんともいい気味でございましたね。私の弟分もあの坊主に退治されたものですから嬉しくて………。あの時の坊主の無念そうな顔が私の食欲をこれ以上なくそそったものです。

少し脱線してしまいましたが、つまり、あの雪女のように忠誠心があり度胸もある、馬力もあるような者こそがあなたの隣には相応しいと思います。
私はただの蛇ですので、大した力も知恵もありません。毒持ちで手足のない私を人間どもも忌み嫌いますからね。

ただ私、一つだけお役に立てる仕事を見つけたのです。その昔、極楽というものがあると人間が話しているのを聞きました。
黄金色の大地に花が咲き乱れ、大粒のめのうや瑠璃なんかがそこらじゅうに散りばめられて、あたりは月下美人の香りで満たされた乳白色の空間です。そこで我ら命あるものは現世での生を終えた後、みな御仏の側へ生まれ変わるのだそうです。素晴らしい。私の弟分も一足先に行っていることでしょう。

仕事と言うのは、極楽へ行く道中での守りの事です。極楽へ行くのには一里も二里もある大きな川を渡る必要があり、そこの舟番がなんとも意地の悪い山姥らしいのです。
山姥達は意地汚く、教養も謙遜の欠片も無い奴らです。あなたほどの高貴な鬼が不当な扱いを受けてはいけませんから、あなたが生を終えるまでにその名を極楽まで轟かせてみせます。そこはもう、狡猾で執念深いと言われる蛇ですから、どんとお任せください。決して失望はさせません。
他にも、早朝に極楽へ着いた時分は朝露で服の裾を濡らさぬように喜んで足場になりますし、月下美人の香りがお嫌いでしたら、好みの香をご用意いたします。
あなたが心地良く死後を過ごすことのできるようによく準備して参りますから、あまり生き急いではいけません。

雪女と子供でもこさえて気の済むまで平和に過ごして、ああ楽しかった、思い残すこと無し、と心の底から思えるまで、間違えておっ死んではなりませんよ。
まあ鬼は首と体がくっついているうちは死にませんから、そこは人間どもの手伝いが必要でしょうがね。
そこもできるだけ名高い高貴な人間がふさわしいでしょう。
そうだ、こちらにお越しになるまでに上等な布で作られた衣をいくつか見繕っておきましょう。
彼岸花に似た、不思議に透き通る紅色の布があるのです。きっとあなたの白い肌によく映えます。黄金の大地と花に囲まれて朝日に照らされると、きらきら輝いて見事なものでしょうね。
私の見立てがお眼鏡にかなえば良いのですが。

…………

あなたが首を刎ねられてこちらに来る日まで、きっとお待ちしておりますから。
こちらへ来た際には私の名前を一声お呼びください。
どこに居ようと何をしていようとすぐ、お側へ向かいましょう。
それでは、また。