おきた

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きっとこれからも、ずっと、あなたが知る事はないのでしょうね。
でも、それで良いのです。血肉を啜り長い時を生きる鬼様の隣を、私の様な蛇なんかが独り占めするなんて、間違っても考えちゃいけません。

風の噂ですが、隣山の雪女があなたにすっかり惚れ込んでるそうですよ。雪女と言うと、三百年前にあなたを祓おうとした寺の坊主をとっ捕まえて、すでに半分ほど凍ってきた頭をそのままバリバリ食っちまった、あの雪女でしょう。
あれは胸がカッと熱くなって、なんとも、なんともいい気味でございましたね。私の弟分もあの坊主に退治されたものですから嬉しくて………。あの時の坊主の無念そうな顔が私の食欲をこれ以上なくそそったものです。

少し脱線してしまいましたが、つまり、あの雪女のように忠誠心があり度胸もある、馬力もあるような者こそがあなたの隣には相応しいと思います。
私はただの蛇ですので、大した力も知恵もありません。毒持ちで手足のない私を人間どもも忌み嫌いますからね。

ただ私、一つだけお役に立てる仕事を見つけたのです。その昔、極楽というものがあると人間が話しているのを聞きました。
黄金色の大地に花が咲き乱れ、大粒のめのうや瑠璃なんかがそこらじゅうに散りばめられて、あたりは月下美人の香りで満たされた乳白色の空間です。そこで我ら命あるものは現世での生を終えた後、みな御仏の側へ生まれ変わるのだそうです。素晴らしい。私の弟分も一足先に行っていることでしょう。

仕事と言うのは、極楽へ行く道中での守りの事です。極楽へ行くのには一里も二里もある大きな川を渡る必要があり、そこの舟番がなんとも意地の悪い山姥らしいのです。
山姥達は意地汚く、教養も謙遜の欠片も無い奴らです。あなたほどの高貴な鬼が不当な扱いを受けてはいけませんから、あなたが生を終えるまでにその名を極楽まで轟かせてみせます。そこはもう、狡猾で執念深いと言われる蛇ですから、どんとお任せください。決して失望はさせません。
他にも、早朝に極楽へ着いた時分は朝露で服の裾を濡らさぬように喜んで足場になりますし、月下美人の香りがお嫌いでしたら、好みの香をご用意いたします。
あなたが心地良く死後を過ごすことのできるようによく準備して参りますから、あまり生き急いではいけません。

雪女と子供でもこさえて気の済むまで平和に過ごして、ああ楽しかった、思い残すこと無し、と心の底から思えるまで、間違えておっ死んではなりませんよ。
まあ鬼は首と体がくっついているうちは死にませんから、そこは人間どもの手伝いが必要でしょうがね。
そこもできるだけ名高い高貴な人間がふさわしいでしょう。
そうだ、こちらにお越しになるまでに上等な布で作られた衣をいくつか見繕っておきましょう。
彼岸花に似た、不思議に透き通る紅色の布があるのです。きっとあなたの白い肌によく映えます。黄金の大地と花に囲まれて朝日に照らされると、きらきら輝いて見事なものでしょうね。
私の見立てがお眼鏡にかなえば良いのですが。

…………

あなたが首を刎ねられてこちらに来る日まで、きっとお待ちしておりますから。
こちらへ来た際には私の名前を一声お呼びください。
どこに居ようと何をしていようとすぐ、お側へ向かいましょう。
それでは、また。

4/9/2023, 8:49:47 AM