題『こんな夢を見た』
「おはよう。今朝は随分ゆっくりだね」
「…………夢を見た」
寝室からのそりと出てきた彼は、白い髪をあちこちに跳ねさせたまま、地を這うような低い声で呟いた。
「夢?」
オウム返しに聞けば、眉間に皺が寄った。カップでその顔を遮り、中身をひと啜り。
「……俺があんたを抱く夢だ」
「うん? ……ゲホッ」
予想外の答えに咽せた。
「なるほど、なるほど……」
こちらの困惑をよそに、彼は言うだけ言って(問うたのはこちらではあるのだが)シャワーを浴びに浴室へ篭ってしまった。
揶揄われたような、試されたような気分だ。
なるほど、それならば……。
「つまりキミはーー」
頭を拭きながら出てきた彼にすかさず切り出す。
「?」
「とても気持ちの良い夢を見たから寝坊したのだということかな?」
私が言い終わるか終わらなかいかの内に、湿ったタオルをぶつけられた。
題『タイムマシーン』
虚空から紫影が静かに降り立った。
そのよく識る翠の瞳が物憂げに揺れて、心の内を言葉より雄弁に現した。
糸は確かに未来へと紡がれ続けていることへ安堵すると同時に、沸いた疑問は胸中で荒れ狂う。
問いたい。解きたい。
……けれど、彼はそのどちらも望まないだろう。
「何も聞かずについて来い」
差し出された手には、知らない傷が増えていた。
震える指先を包み込み、私は答えるーー。
題『特別な夜』
同じ夜は二度来ない。旅の身ともなれば殊更そう感じることが多い。
同室の仲間が仄かな月あかりを頼りにカリカリと走らせる羽根ペンの音だけは、どの土地でも変わらぬ音だった。
そのお陰で耳にこびり付く剣戟はかき消され、退屈な座学をやり過ごすように目を瞑れば過去の亡霊を見ることもなく、眠りに落ちるのはあっという間だ。
題『海の底』
「海の底には何か眠っているのだろうね?」
揺らめく波間を見据え、学者は言う。
思い描くのは先人たちの遺産か、まだ見ぬ地の先か。
水面のような、かつて仲間が手にした海色の宝玉のような、同じ色の瞳がきらりと光る。
「……さてな」
盗賊は手の届かない財宝になど興味がないとばかりにぼそりと呟く。
腕はたったの二本で、片方が塞がれば残りはひとつきりなのだから。