「世の中いろんな人間がいますが、僕からしたらみんな同じです。どんな人間でも、ナイフで刺したら死ぬんですから。」
数々の有名なシリアルキラーから影響を受け、ふざけた理由で4人の命を奪った通り魔であるIは、取り調べでこう供述した。4人の罪なき命を奪だだにもかかわらず、本人の演技から精神鑑定で精神疾患があると判断され早く出所した彼は、先ほどの発言とも合わせて世間からの批判を浴びていた。
「はあ〜あ、ふざけんなよあの店長。殺してやりてえな。」
出所してしばらく経ったある日、Iはコンビニアルバイトからアパートへの帰り道を歩きながら悪態をついていた。身分を隠しアルバイトに就いたものの、協調性がない上に『俺は人を殺したことがあるのだ』という万能感が周囲への横柄な態度を強め、周りからは腫れ物のように扱われていた。下を向いてぶつぶつと話しながら歩いていたところ、前から歩いてきた男と肩がぶつかった。
「おい、どこ見てんだよ」
自分のことは棚に上げて、Iが男に怒鳴りつけた。
黒い服装の男は顔に影がかかっており、若いのか高齢なのかも判断できない。
「聞いてんのか?」
返答がないことに苛立ち男の顔を覗き込んだIは、男の口元が微笑を浮かべていることに気がつき、唾を飛ばして怒鳴った。
「おい、舐めてると殺すぞ。」
神経を逆撫でされたIの目は血走り、手はポケットからナイフを取り出していた。
「俺はマジだからな、今まで4人殺してんだ。」
目の前でナイフをちらつかせ爬虫類のような笑みを浮かべる。どんなに口うるさく横柄なやつでも頭がいい奴でも、こうすれば皆顔を青ざめさせて震え出すとIは経験から知っていた。そして、刺した後はもう説教を垂れたりこちらを笑ったりできないということも。
しかし、目の前の男は顔色ひとつ変えず、微笑を浮かべたまま突っ立っている。
「ふざけんなよ!!舐めやがって!!」
我慢が効かなくなったIは、男の腹にナイフを突き立てた。
しかし、男の様子には変化がないばかりか、腹から血も吹き出すことがない。
「は?は?」
予期していない事態に狼狽えたIはめちゃくちゃにナイフを振り回し切り付ける。しかし、傷一つない男は怯えることなくIの方に足を踏み出した。
「例外もいるんだよ」
男よ声が耳に入ると同時に、混乱したままIの思考は断ち切られた。
次の日のニュースは、ある話題で持ちきりだった。
不謹慎な事件を起こしたにも関わらずすぐに出所したと非難を浴びていたIが、自宅前の道で倒れており、病院に搬送されたもののすぐに死亡が確認されたというものだ。死因は、不摂生による脳卒中だった。脳卒中などで死なずに罪を償わせたかったという批判も相次ぐ中で、彼の死に立ち会っていたあの男の存在を知る人はいなかった。
追記
わかりにくいですが、「例外」である謎の男は、Iのために遣われた死神です。
時を繋ぐ糸
新品のスーツを着て顔を強ばらせた死神が、広大で無機質な施設内を上司に連れられて歩いていた。
「この仕事始めて?簡単だし大丈夫だよ。」
上司が笑うと眼窩の奥のがらんどうが見えた。
施設内にはイルミネーションの飾りのように四方八方に貼りめぐされた糸があり、似たような見た目の死神たちが書類を見ながら歩き回り、糸を探っては糸に着いたタグを確認し切っていく。
聞いていた話では、この糸は繋がりを示すものらしい。
友人、家族のつながり、恋人とのつながりから1度しかあっていないような朧気な繋がりまで、可視化されてみると1人分だけでとんでもない規模になる。この新人はこれから、この糸を切る業務に携わる。
死神といえば死を迎える人間を迎えに行ったり、魂の輪廻に関わったりするイメージが強いが、実際は人との関係性や記憶などの概念にまつわる死も扱うため、仕事の種類は多岐に渡る。とはいえ実際に命を刈り取る業務に比べれば、この仕事はかなり楽かもしれない。新人は内心ホッとしていた。
それから1週間後、新人は毎日淡々と業務をこなしていた。リストにならって膨大な量の糸から目当てのものを探すのは大変だが、さして頭を使うわけではない。
にもかかわらず、新人は重大なミスを犯した。切る糸を間違えたのだ。H氏という人物と、幼少時代から軋轢のあった兄との繋がりを切るつもりが、1文字違いの弟との繋がりを真っ二つに切ってしまった。焦りに焦った新人は、こっそり切れた糸を結び直した。
H氏は仕事から帰る道中、鞄の中で振動した携帯電話に気がついた。
「もしもし」
「もしもし!?あんた、ーーーが事件起こしたって、強盗。連絡きた?警察から聞いたんだけど、ーーーは母さんには連絡よこさないの。」
母の声だった。弟が事故を起こしたらしい。急いで電話が来ていないか確認しようとしたが、弟のメールアドレスが登録されていない。H氏は訝しく思った。そんなはずがない。先日だって弟と久々に会って話をーーーーーー
いや、おかしい。つい先日あったという覚えがあるのに、どこで会ったのか、いつ会ったのか、どんな話をしたのか、弟がどんな顔をしていたのか全て思い出せない。混乱しているH氏の耳に母の声が飛び込んでくる。
「とりあえず警察のとこ行ってくるから、すぐ電話出られるようにしといてね。」こちらの返事も待たずに切られた電話よりも、H氏は自分の記憶を探るのに必死だった。どうして何も思い出せないのだ。
その頃、新人は結び目を上司に見つけられ、項垂れたまま話を聞いていた。「君ね、失敗したら誤魔化さずに正直に言いなさいって教えられてこなかった?特に大事な業務なんだから、こんなところで誤魔化したら齟齬が生まれるでしょう。」はい、はいと肩を落として相槌を打つ。ため息をついた上司は、自分のハサミを取りだした。「こういうのはな、1度切ったらどうにもならないから、もう切っちゃうしかないんだよ。」そして、結び目ごと糸が断ち切られた。
その頃、半狂乱になった母から電話を掛けられたH氏は警察署にいた。弟は事件を起こしたあと、逃走先でパニックになって海に飛び込んだらしい。偽名を使っていた上に持っているものに身分の証明できるものがなく、身分の特定が遅れたらしい。それを電話口で母に聞かされたH氏は、しかしなんの感情も動かなかった。弟か、母は隣であの子はそんな子じゃないとか、友達思いのいい子だったとか言いながら泣きじゃくっている。
「すみませんが少しお話を聞きたい。弟さんに近頃変わったことはなかったですか。弟さんは、あなたから見て、どんな人でしたか。」尋ねる警官の手元に身分を偽るために弟が使っているらしい赤の他人の身分証があった。この顔を見ても、引き取られている弟の遺体の顔を見ても、感じるものは変わらなかった。どちらも知らない人を見ているという実感しかなかった。
「そうですね。私から見てーーーーー」そこまで言ってH氏は口を噤んだ。「すみません、私の弟の本名は何だったでしょうか」絶句する母と警察官に見つめられ、H氏はただただ困り果てた顔をしていた。
【おもてなし】
今晩は
急に冷えてきましたね。あ、コートとバックはそこに置いてくれて構わないですよ。邪魔でしょ。
うーん、なんか出せるものあるかなぁ。……だめだ、カップ麺とかしかないけどいいですか?
いや、大丈夫ですよ。この辺ガソリンスタンドないですしね。1日くらいなら全然。あーいや、自分もこの辺の地理はそこまで詳しくなくて…明日朝交番行ったら道教えてくれると思いますよ。
……へえ、東京から来たんですか!すごい。この辺なんにもないですよね。コンビニくらいならあると思ってたらなんも無いから、ここまで来ちゃってガス欠になったらほとんど詰みですよ。あはは 自分もなったことあります。
布団は2階の奥の部屋にあったので適当に敷いて寝ててください。自分まだ仕事持ち帰ってきてるんで下で作業してます。はい、おやすみなさい。なんかあったら言ってください。
あれっ。どうしたんですか?うるさかったですか。
顔が真っ青ですよ。体調が悪い?
……なんでそんなこと聞くんです?自分は一人暮らしですよ。布団とかスリッパがふたつあるのはまあ、最近まで恋人いたからその人のですけど、最近別れたし……。本当です。今は自分一人です。
隣の部屋から声がする?やめてくださいそういうの。怖い話とか苦手なんですよ。
……わかりました。じゃあ見てくるんで、下で待っててください。
見てきたけど、誰もいないですよ。気のせいだったんじゃないですか。……ちょっと、なんで勝手にカバン見てるんですか。保険証と表札の苗字が違う?だからこの家は元恋人のだからです。車がふたつあるのは?恋人のですよ。喧嘩になって出てったからまだあるだけです。そんな聞き方やめてくださいよ。パソコンや書類がないけど仕事はしてないのかって?終わったから風呂に入ってたんです。いや、まだ片付いてなので、風呂場入らないでくださいね。
とにかく、もう変な声とかしないと思うんで、早めに寝て明日起きたら出てくださいね。交番あるけど、朝はパトロールで忙しいかもしれないし、近くの役場とか行った方が早いかもしれないです。
もういいですか?自分まだこれからしなくちゃいけないことあるし、あなたも疲れてるでしょ?今度こそおやすみなさい。
隣の部屋、開けないでくださいね。
ね。
【終わらない問い】
昨日は何を食べたんだっけ。
目の前に広がる惨状をよそに回らない頭を必死に回す。
ハンバーグ?唐揚げ?魚?いや......。
どれもピンと来ない上に考えている途中に目の前に倒れた男の頭から生肉っぽいものがこぼれているのを目にしてしまったので、食べ物について考えるのはやめにした。別のものを思い出そう。
認知症の初期症状として、物忘れがあるらしい。定番といえば昨日食べたものだ。私はまだそこまで歳をとっていないが、若年性認知症やアルツハイマーなんかもあるので一応の試しをしている。しかし正直なところ、私にはもっと考えるべきことが沢山ある。目の前に倒れている男のこととか、自分の手に握られているバールのこと、全く馴染みのないシンプルな実験室のようなこの部屋のこと、ここへどうやってきたのか、今は何時なのか、そもそも私は何故こんなことになったのか.......。
ここまで来てしまっては認知症の類では片付けられないだろう。夢遊病?これは夢?それにしては生々しいしたちが悪い。
とにかく部屋の中を探索してみよう。さっき思ったようにここは研究室か実験室のようだが、簡素なデスクがひとつと書類、顕微鏡やパソコン、諸々の何かわからない器具があり1人個人のために作られた物のように見える。
目の前に倒れている男は40代くらいだろうか?エプロンのようなものを着ており割れてはいるが瓶底メガネ、冴えない見た目と言われてみれば研究者然としている。ここは彼の部屋だろうか。社員証のようなプレートには「茂木」と名前が記されている。
そこまで考えたところで、パソコンを見てみようという気になった。開かれている化学式だらけのページはちんぷんかんぷんなので閉じ、メールを開く。この男の名前位は書かれているかもしれない。
膨大な量のメールの1番上に、ほんの30分間に送信されたメールがあった。
「ついに完成した。とはいえこれはまだ副作用やちゃんと作用するかどうかは不確定、公表するのは待ちたい。
とりあえず君1人で確認しに来て欲しい。」完成?副作用?なにかの薬だろうか。辺りに目を配ると、おかしな装置が目に入った。チューブの絡まった趣味の悪いヘルメットのような代物だ。あちこちのボタンを押してみたりチューブを引き抜こうとしてみたが特にできることは無い。放置してメールの過去を探る作業に戻った。
「脳」「記憶」「コピー」「引き継ぎ」「後継」といったワードが無愛想なメールの中に散りばめられている。
なるほど、この機械は、一人の人間の記憶を完全にコピーしもう1人にそれを引き継がせることが可能となる発明品らしい。そんなことが本当に可能なのだろうか。ヘルメットをためつすがめつするもやはり動きはない。
.......もしかして、このヘルメットは対象の頭に装着することで記憶をコピーすることが出来るのだろうか?そしてそれを次の人に装着しなにかの操作をすればその記憶が2人目に.......まて。もしかして私は
そこまで思考をめぐらせたところで強い衝撃を感じその場に倒れ込んだ。せっかく思考が回り始めたというのに「お前、お前か、やっぱり!あの強欲爺が最してたのなんてお前だけだもんなあ。くそ、あのジジイ、自分の意思を継がせるとか言って手記や書類を残すんでもなく、お前みたいなお気に入りを後継にしようとしてんだからな、よっぽど自分の研究の手柄を他に分散したくないんだな。」
日の前で喚き散らしているのは30前後の男だった。手には血濡れたバールを握っている。さっき私が置いたものだ。贔屓?後継?メールで茂木が呼んでいたのは私なの
か。
「お前もお前だよ。今まで媚びながら地位狙ってたんだろ。あのジジイが癌だとか判明してからはこそこそパソコン探ろうとしたり研究に参加させてくれってねだったり。なんてったって他人の記憶を人に移植させられる研究だもんな。」
男が胸にかけている社員証のようなカードに目をこらそうとしたが、目の前が赤黒くチカチカしている。頭を抑えるとべったりと血が着いた。
「で、そのジジイ、かわいがってたお前に裏切られたんだな、見た感じ。悲しいもんだな研究者って。血も涙もないようなやつを部下に選んだもんだ。」そうかこの死んでいる茂木は私の上司だったのか。振り返って見てみた。傍に転がっているヘルメットを男が拾い上げる。
「お前、このジジイの記憶もう盗んだんだろ。ヘルメットのバッテリーが減ってる。......お?つまりお前が今持ってる記憶はじじいのもんなのか?」私ははっとする。そうか、私は茂木なのか!
と思ったもののぴんとこない。なにしろ、このパソコンや書類に書かれている化学式や電気回路、ヘルメットを見ても何一つ理解できないのだ。私がこれらの生みの親である茂木の脳を持っているのならすぐに分かるはずなのに。
そこまで考えて私は、恐ろしい考えに思い至った。もし私が、この男の言うように茂木の地位を狙い、記憶を手に入れるために茂木の頭を殴り殺したとしたのなら。そしてその後茂木の頭にヘルメットを被せたとしたのなら。死んで脳機能の停止した人間の記憶など引き継げるものなのだろうか。息もしていない茂木の頭の中など、心臓が停止した瞬間から「空っぽ」となるのでは?
「まあお前もここで終わりだよ。悪いな。抜けがけなんてするからだ。学者としてこれから名をあげるのは、じじいでもお前でもなく、この俺だ。」かすんでゆく視界の中、ヘルメットを手にした男がこちらへ近づいてくるのが見えた。やめろ、と叫ぼうとるも声も出ない。視界が暗転する。暗闇の中、頭に硬質な機械が当たる感触と「ピッ」という起動音がひびく。
それが最後だった。唯一私に許されていた思考も断ち切られ、意識が白になってゆく.......
俺はその場にへたりこんだまま考える。目の前には、40すぎの男と若い男が頭から血を流して倒れている。傍には血濡れたヘルメットのようなものが転がっている。悪趣味な夢か、夢遊病か?何も記憶が無い。
前後の記憶がすっぽり抜けるといえば、認知症かなにかなのだろうか。付近の食事を忘れる、自分が今何をしていたか忘れるというのが初期症状のはずだ。
さて、昨日は何を食べたんだったか......