あとは犯人を指し示すだけだ。名探偵の汚れ一つないきれいな手袋が一本の道標を立てる。純白に沿って空中を辿れば解答に至る。
「犯人はあなただ。執事のフィックスさん」
「まさか! 私がお嬢様を手にかけるなど……」
否定を更に否定して、名探偵が朗々と解答を告げていく。執事にとっては都合の悪いことに、事態は幕引きまであとわずかに残すのみでひとつに収束しようとしていた。警官も屋敷の面々もじっと執事を睨んでいる。髭の一本からでも自白を聞き出さんと耳目を駆使していて、俺はと言うと、やはり駄目だったのだと静かに大きな溜息を落とした。誰も聞き咎めない。馬鹿野郎ばかりだ。
「私は、私は……そんな……」
哀れなヤギが逆襲して俺を暴いてくれるというのならぜひそうしてもらいたいのだが、ついに執事の両脇に警官がついたので諦める。
この国で一番の名探偵すら俺を暴かないのだからそういう運命にあるのだと。全部諦めてしまった方が良いかもしれなかった。
「犠牲者が増えることもなく解決できたってことはやっぱ天才なんだよな! また評判が上がる!」
幼馴染が笑っているなら、まあいいかと、思ってもいいだろうか。いいか。田舎のファミレスはすっかり空いていて老人たちばかりコーヒーを飲んでいる。昼間の暗がりを残す店内に派手なファッションで向かい合って座り、俺たちは感想会を開いていた。
依頼帰りのパフェ食ってる名探偵に、次はどんな事件を贈ろうか、考えるだけで頬が緩む。
俺たちの最後はいつになるんだろうか。そのとき俺たちはどんな形をしているんだろうか。こうやって向かい合っていたい。それで、チョコレートがついてしまったからとテーブルに放られた純白の手袋が俺を指し示していれば。それはこの上ない終点だと、胸が震えた。
血の繋がりのない家族。親友。自分に一番近しい生命。
欲しかったすべてがあなたの形をしていた気がして、ふたりを彩る呼び名を送った。なのに私はひとりで駆け出してしまった。
ああ、置き去りにされたいのち、どんどん離れたいのちへ。全力の軌跡があなたの反面教師になればいい。たしかに願っていた。
「いやまったく残念だけど、そうはいかないんだよね。……ほら、いちばんのともだちだから」
薄く引き延ばされて千切れそうな情を辿り、先へ先へと向かう私の手を取る人。飛び込んできた眩さを押し潰しそうなほど抱きしめて、ふたりで奈落の先へ光り落ちる。
こっそり作った秘密基地みたいに幻の蝋の匂いが満ちた。踏み荒らされた純情の残骸、廃墟と草木でできたぬるい生死の中で。どこまで輝けるか試してみようよと、あなたはいたずらっぽく笑った。
人が死んだ後の話、お葬式の印象あり、苦手な方は避けてください。
手折った花を君の髪に編み込んで、そうして美しい死骸に仕立て上げる。青い匂いがしなやかに固い体躯に纏わりついた。「やだ、虫が寄ってきちゃうだろ」と起きて笑ってくれるのならそれが良かったけれど、君は死んだので、私の思うがままに彩られてゆく。柩の中に供花が咲いた。
「もし過去を変えられるとしたら、自分自身はどう変化すると思いますか?」
「そりゃあ、怠惰になるさ」
今だって怠惰だろうと思わせる風貌で笑われた。サングラスが目元を隠して、ちっとも感情は露わにならない。
「後からなんとでもできるからですか?」
いやあ、違う違う、と先輩は寝そべったままごろりと体躯を転がす。俺はパラソルの下でもサングラスを外さない理由を聞きたくなった。けれども答えが続いたのでじっと背中を見るにとどめる。
「この世の誰かが不平不満で変えてくれるンだから、俺ァ怠惰になるってもんよ」
雲がやってくる。今からお前たちを覆ってしまうぞと無音で迫りくる。夏の山、すでに多くを青く沈めて、まだまだだと私を覆いに駆けてくる。
車窓からスマホで撮った、たかだか一枚の写真にその想いが乗り移るとは思えない。まだ高い日差しまで届かず、しかしいまから、いまにも、襲いくる。右の端から左の端まで厚い雲。奥は鈍色で浮いた先は陽光に白く透けた、何度も山脈を覆う旅人の雲。
すべてが終わる日にこそふさわしい。
鮮やかな山の色と空の色を通り過ぎて雲の恩恵が降るとき、私のすべてが終わる。雨が上がったとき私たちは別の場所に着いて、そこで新しく生活が生まれる。
最後に、もう終わりにしようと泣いた親の顔を思い出した。
はやく終わらせにきてほしい。はやく私を覆い尽くして恩恵で流し尽くして新生活を祝福してほしい。
どれだけ願っても夏の雲は豊かに静かに過ぎゆくばかりだった。