ナミキ

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8/11/2023, 12:05:09 AM

/終点/

その電車で私と彼はいつも終点まで乗っていた。
終点にあるのは彼の家。私の家はその3駅前。
それなのに私が最後まで乗っていたのは、彼と出掛けた帰りはいつも「もう少し一緒に居ようよ」とどちらからともなく言い出していたから。

今、私はその電車に一人で乗っている。ひと月前に彼と別れてから、初めての乗車だった。
他に好きな人が出来たらしい。少し前から私への興味が薄くなっていることは何となく分かっていた。私は私の事を好きな人が好きで、同棲に近かったのに平気で他の女に魅力を感じる男なんか嫌いだ。だから、もういいのだ。

市街地で友達とレイトショーを観て、解散し、今はその帰り。最終便に近いこの時間帯はそれなりに混んで席が埋まっていたので、私はつり革を掴み、外を見ていた。
いつもの夜景だった。見慣れている店、見慣れている街。変わらない建物だけじゃなくて、変化するはずの空でさえ夜だから黒一色で、これも見慣れていた。
(……あぁ。面倒なことになった)
今更、気が付いてしまった。
選択をしなければいけないことに。

この電車にただ揺られるだけで終点まで行ける。降りる場所を決める権利が私にあることに、気が付いてしまった。
私はこれから先、終点まで「行かない」選択肢を取り続けなければならないんだ。そんなこと考えたくもなかった。ただ何も考えずに乗り続けていられれば良かった。
私は終点まで行きたかった。

終点から3つ前、電車が停まる。
「--駅、--駅。ご乗車ありがとうございました 」
人の群衆が一斉に電車の先頭、出口へと動いていく。私はつり革をぐっと握り締め、そして離した。

8/9/2023, 10:00:00 AM

茶色の花びらを親指と人差し指で摘んだ時、ふと、蝶も似た質感だろうなと思った。目を閉じて蝶の羽を触っても、花びらと見分けれないんじゃないだろうか。悪趣味なので実行はしないけど。茶色の花びらをもう一枚千切る。

飾ってあった花が枯れたので、捨てるところだった。ゴミ箱に入れる直前、そういや今までの人生、花を千切ったことが無いなと思ったのがきっかけで、今に至る。

音もなく、ただ静かに、花弁を切り離す。大した時間を掛けずに全ての花弁を千切り終えると、そこに残ったのはシンプルな軸だった。この行為に意味はないが、花の仕組みが分かったので少しだけ面白かったと思う。それ以外にも自分の中で渦巻く感情があることを知っていたけれど、呼び方を見つけることが出来なかった。
散らばっている花をひとまとめにし、両手で抱える。ゴミ箱に入れる直前に口から、ありがと、と言葉が漏れた。



/蝶よ花よ

8/6/2023, 12:31:03 AM

うるさい。
頭から鐘の音が離れない。
布団の中でじっと収まるのを待っていたけれど、とうとう我慢が出来なくなって鍵を掴んで外に出た。
何でも良いから気を紛らわせたい、振り払いたい。川沿い、土手を走った。
今は深夜で誰も居ない静寂の中、私の音ばかりが占めている。
足音。荒い息。
鳴り響く鐘の音。

視線は真っ直ぐで、きちんと景色を映しているはずなのに、昨日の光景が目に焼き付いている。
幼馴染の結婚式だった。あの子の横顔。私と目があって笑った顔。「来てくれてありがとう」って、本当に幸せそうで。

私はあの子のことが好きだったのか。分からない。
ただ、この鐘の音を、うるさいなんて思ってしまってごめん。息が苦しくなり、涙が出た。ずっとペースを落とすことなく走っていたから。
涙を雑に腕で拭う、鐘はまだ鳴っている。
だから足は止めない。



/鐘の音

7/23/2023, 12:16:13 AM

もしもタイムマシンがあったなら

4/14/2022, 4:06:22 PM

『拝啓 私の神様へ』
と、本当なら書きたいところだが、困惑させるのが目に見えるので素直に作者の名前を1行目に書いた。今から私は大好きな漫画の作者にファンレターを書く。
「……」
一考し、名前を消しゴムで擦って白紙に戻した。もっと綺麗な字で書かないと。だってこの手紙は私の神様が読むんだから。

私の神様が、読むんだから

あ、やばい。頭の中で急激にその事実が重くのしかかった。息を長く出し、少し冷静になる。いま私走っても無いのに息が荒くなってた。
落ち着こう、再度名前をゆっくりと書く。よし綺麗。次、2行目。
シャーペンを握りしめる。
シャーペンを強く握りしめる。

--ダメだ。さっきの事実がやっぱり頭から離れられない。
物語を創る人に、私の創った文を送るなんてちょっと、畏れ多すぎたかもしれない。数ミリでもいいから良い文を書きたくてまた考える。

手紙ってこんなに大変なんだ。
思わず唸るがそれでも辞めようとは全く思わない。
だって私、大好きなんだ。生きる希望を与えてくれたとか、人生の素晴らしさを知った、とかそんな大それた思いでは無いけれど、それでも。
私はこの漫画に出会えて良かったと、心の底から強く、強く思っている。
「よし」
もう一度シャーペンを握りしめ、動かした。一画ずつ、丁寧に。思いが伝わるように。



/神様へ

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