正しさって何か知らない。
父は「この家は社会の縮図だ。俺の言うことが聞けないなら出て行け」と怒鳴ることがあった。わたしは「社会だというなら色々な意見があって良いはずだ」と口ごたえをして殴られた。
そして、ここに書けないような罵声と暴力が襲ってきた。
わたしは成長して、父の考え方を不条理だと思うようになっていたし、兄が離れた地方の大学を選んだのも頷けた。わたしは家から通うことを条件づけられたが、二十歳でそれも拒否して一人暮らしを始めた。
実家にいつまでも居なくて良かったと思っている。
【不条理】
親が理不尽に手をあげた時とか。
集団無視とか、病原菌にされたりとか。
まあ、色々あるけれど。
泣いている暇があったら善後策を考えている。
泣いていても誰も助けてくれないから。
【泣かないよ】
僕は怖がりだ。
ホラーとか、スピリチュアルなものは良くわからない。興味もあまりない。ジェットコースターは楽しい。だけど、そういうのじゃない。
大人の怒鳴り声とか、ものが割れる音とか。
すごくすごく怖いんだ。
ビクッとして、身動きも出来なくなる。
時には過呼吸になることすら。
こういうのは怖がりって言わないのかなあ。
【怖がり】
あふれんばかりの星を、両手にすくって、キラキラした目で見つめている。小さな、ふくふくした両手。まだ幼いおかっぱの頭。僕の妹。
妹の手には色鮮やかな星々。金平糖。大粒のものから、小さなものまで、たっぷりと揃っている。
「貰っちゃっていいの? おじちゃん!」
妹に、馴染みの近所のおばさんが、ニコニコしながら良いよと微笑んでくれる。そのままがっつくのかなと見ていたら、妹は器用に片手に金平糖を寄せて、一粒ずつつまんで口に運び出した。
「にいやもいる? どうじょ!」
思わず笑みが溢れる。僕は小さな、青い星を選んだ。
【星が溢れる】
「ねえ?」
僕は施設のベッドに横たわる妻の顔を見る。顔中に刻み込まれたシワは二人で歩んできた年月だ。だけど彼女は僕を全く覚えていない。
「あなたはどうして、見も知らぬわたしにやさしくしてくださるの」
穏やかな笑み。妻には僕が見知らぬ他人に見えているのだ。ぎゅっとハンカチを握りしめて、笑顔を作った。だけどどんな嘘をついたらいいかわからない。
黙っていると妻は僕の顔をそうっと撫でて、「有難う」と微笑んで、そして目を閉じた。最期の息は静かで長かった。僕は泣き崩れた。長年共に暮らした妻の冷たい手を強く強く握って。
【安らかな瞳】