「ねえ?」
僕は施設のベッドに横たわる妻の顔を見る。顔中に刻み込まれたシワは二人で歩んできた年月だ。だけど彼女は僕を全く覚えていない。
「あなたはどうして、見も知らぬわたしにやさしくしてくださるの」
穏やかな笑み。妻には僕が見知らぬ他人に見えているのだ。ぎゅっとハンカチを握りしめて、笑顔を作った。だけどどんな嘘をついたらいいかわからない。
黙っていると妻は僕の顔をそうっと撫でて、「有難う」と微笑んで、そして目を閉じた。最期の息は静かで長かった。僕は泣き崩れた。長年共に暮らした妻の冷たい手を強く強く握って。
【安らかな瞳】
3/14/2026, 11:01:40 AM