どうして、生きているんだろう。
知識がとにかくなくて、「扇風機の風に直に当たって寝たら死にますよ」という養母の言葉を鵜呑みにした。小学生のわたしは、わざと扇風機の風に当たって寝た。人生を終わりにしたかった。でも普通に目が覚めて、どうして、と思った。
ガス自殺も試みた。元栓が閉まっていることに気づかず、コンロのスイッチをひねった。当然ガスは出ず、わたしはまたもや、どうして? と首をひねりながら普通に目を覚ました。
今にして思えば笑い話だ。
こんなことで死ねると信じていたのだから。
【どうして】
わたしは小さい頃から空想に生きていた。ぬいぐるみに囲まれ、猫に囲まれていたので、彼らをモデルにお話を作ったり絵を描いたりしていた。
わたしには、毎日がとても苦痛だったから。
それは何度も書いているので、ここでは割愛したい。
いつまでも夢を見ていたかった。現実こそが嘘で、空想のあたたかな世界が本当だと思い込んでいた。
思い込まなければ、生き延びていなかった。
小学生時代に自死を図ったことは二桁に及ぶ。正しい知識がないために全て失敗した。生は苦痛でしかなく、早く解放されたかった。そしてその方法すらわからなかったのだ。空想や夢に逃げるしかなかった。
【夢を見てたい】
父の暴言暴力は、毎日続いた。
夕飯タイムは父のDVタイム。お酒を飲んだ父がちょっとしたことで荒れて、兄に鬱憤をぶつけた。
小学生だった兄は些細なことで怒られ、例えば傘を電車に置き忘れたとか、コンパスを分解したとか、それだけで怒鳴られ殴られた。ごめんなさいはどうした、と父ががなり、兄が消えそうな声でごめんなさいと謝り、父は更に激昂して、ごめんなさいとは何だ、ふざけるなと殴る。それが毎日三時間くらい続く。母は止めない。見ないふりでご飯を食べていた。
ずっとこのままこんな生活が続くのだと思った。
父に逆らえば殺されるとすら思った。兄の次の標的はわたしだと怯えていた。
【ずっとこのまま】
いいか。家庭はひとつの社会なんだ。文句があるなら出て行け。この家庭は俺の家だ。
社会だというなら余計に、色々な意見があって当たり前じゃないの?
うるさい黙れ、俺の言うことが気に入らないなら出て行け!
父は僕の首元を掴んでズルズル引き摺り、庭に放り出した。上着なんて持っていない。ヒーターの効いた室内の格好のまま、雪の降りそうな凍える庭に投げ出されたのだ。
このまま凍死するのかな、と思った。時間はどんどん過ぎて、白い空はみるみる暗くなった。震えが止まらない。末端の感覚は無くなっていた。
僕は意識を手放した。
【寒さが身に染みて】
四年制の大学に行った。通学片道2時間。電車とバスを乗り継いで更に歩いた。家族は名のある一流校ではなかったので、入学祝いさえされなかった。
講義が終わったら五時前。門限は五時だった。不可能。そしてサークル・部活禁止。でもこっそりサークルに入った。会費は払い、名簿には名前を書かなかった。成績表に掲載されてしまうから。
大学でも過干渉な親にがんじがらめだった。
わたしは二十歳を機に帰宅拒否を始め、家出した。大学も辞める覚悟だった。若いうちに失敗したかった。何もかも先回りされる生活に危機感を抱いていた。
結果、親が折れて、家賃を出すからまともな家に住んでくれと言われ、バイトは禁じられた。わたしは不動産を回りアパートを借りた。レタスすらひとりで買えない自分に気付けた出来事であった。
【20歳】