実家の裏は里山になっていて、某市民の森が広がっている。そこに小さな池があった。名前は伏せるが、車の通る道路から歩いていけるところにあった。
そこは初夏、源氏蛍の生息地だった。池に流れ込む川にカワニナという貝がいたのだろう。源氏蛍はカワニナを餌に育つ。見頃は六月くらいで、雨の後かあっと暑くなった日の夜だ。
最後に見に行った時は、五千匹くらいは舞っていただろうか。暗闇に光る蛍はまるでふわふわ飛び交う星のようだった。星に包まれる感覚を味わえた。
のちにどうもその池あたりに老人介護施設が建てられるため工事が入ると聞いた。もう蛍は生息出来ないだろう。残念である。ただ、蛍は光に弱いため、蛍をスマホで照らす無知なかたを見てイラつくことも同時に無くなったのだろう、とは思う。
【星に包まれて】
今日、友人と思っていた人をブロ解した。
どうやら先方にはわたしは友人どころか相手を見下して扱う人だったようだ。尚、全くそのつもりは無い。
当人は双極性障害を患っていて、自殺率が高いことを知っていたわたしが、減薬がうまくいかないという発言に心配して、また先生とご相談だね、と返したのが、どうも見下し発言にあたるらしい。
人のとりようは様々で、誤解されてしまった以上何らかの責はわたしにもあるのだろうが、わたしは完全に拒絶されてしまっているため、事情も聞けないし弁解もできない。静かに関係を終わらせる、それが精一杯の誠意であると思った。
その人が今後幸せに生きられることを祈っている。
【静かな終わり】
今日のお題を見た瞬間、超時空世紀オーガスのオープニング曲、「漂流〜スカイハリケーン〜」が脳裏を流れたのは、わたしだけではないと信じたい。
見失った 精神(心と読む)の旅路
ここのフレーズである。
わたしは正直なところ、本当に自分の心のありかたを見失っている。一年半以上続けている神田橋処方が効いて、結構メンタル的には落ち着いているが、根深いものはやはり寛解まで時間がかかるらしい。
自分の心の置きどころを見失ったことが、正直痛い。
【心の旅路】
まだ十数年前、今よりずっと冬が寒かった頃。
今住んでいる土地はまだ雪国と言えて、粉雪が降っては積もって、日中融けて、そこに更に夜、粉雪が積もって、路面スケートリンクになった。
土地の人は小さい頃からその状況に慣れているので、防滑シューズなど無くても器用に転んだり滑ったりせずに歩いていた。
わたしは県外から転居したので、この路面一面に広がる凍てつく鏡の上をマトモに歩けなかった。
北海道で買った防滑シューズも役に立たない。
仕方なく登山用のアイゼンを使った。
温暖化で雪も余り積もらなくなった今では、思い出話。
【凍てつく鏡】
さっぽろ雪まつりを見にいった。
小樽で時期を同じくして氷のフェスがあると知り、そちらにも足をのばした。
初めてのアイスバー。カウンターだけでなく、壁、床、椅子まで氷である。当然寒すぎて座れない。ホットワインを頼むも、手の中でみるみる冷めていく。
通路にはキャンドルが灯されていて、光が雪に反射しとても幻想的で綺麗だった。
【雪明かりの夜】