僕がタロウを拾ったのは雪の朝だった。
オスの三毛猫はいないという。でもタロウは三毛猫だった。いや、正確には四毛猫かも。雪まみれのタロウのそばには子猫が数匹と、冷たくなっている親猫がいて、タロウ以外助からなかった。まだ目も開いていない頃だ。
それからタロウは僕の一番の親友になった。病院に連れて行くと絶対にケージから出ようとしないし、お風呂に入れてもヤダヤダって騒ぐし、爪切りにも苦戦させられたけど、基本的には仲良しだった。
よちよちしていたタロウもすらりとした猫に育った。朝四時頃からお腹すいたコールで起こしてきたり、ウェットフードでなければ食べなかったり、レーザーポインターの光にじゃれついたり、一緒に日向ぼっこしたり。
老猫になったタロウがずっと寝たまま、なかなか起きなくなった頃。あれはまた寒い一日だった。年々冬が暖かくなっていくのに、突然の寒気で大雪になった。大雪の続くある日、タロウは静かに息を引き取った。
タロウのお墓は庭に作ってもらった。雪がしんしんと降り積もっていく。この雪は僕の涙かもしれないと思った。雪の日に出会って雪の日にお別れした、大事な親友を想って、僕は泣いた。
【降り積もる想い】
「約束だよ」
君は小指にリボンを結んだ。僕も同じ色のリボンを結んだ小指を見せる。
「絶対に見に行くから。バイオリン、頑張ってね! そしてコンサート絶対に開いてね!」
そう、幼馴染は小さい頃からバイオリンを習っている。将来の夢はバイオリニスト。僕は楽器が出来ないので精一杯応援することで幼馴染を支えていた。
そのリボン、失くしたくなくて、小学校卒業記念のタイムカプセルに入れて埋めた。幼馴染は別のクラスだったからリボンをどうしたのかは知らなかった。
十年が過ぎて、家に同窓会の案内が来た。タイムカプセルを開けるらしい。僕はなんだか恥ずかしくて、幼馴染を呼ばずにひとりで出席した。そして、ああそういえば卒業の時はクラス違ってたっけって思った。
更に数年後。幼馴染は音大に行き、バイオリニストになった。初めてのコンサートに、僕はあのリボンを鞄に結んで行った。そして幼馴染の胸に同じ色のリボンが留められているのを見たんだ。
【時を結ぶリボン】
プレゼントをあげるのが好きだ。
もらった覚えはあまり無い(特に親から)。
わたしはある語学系のコミュニティに所属していた。
クリスマスになるとメンバーが持ち寄ってパーティをした。わたしはお菓子担当だった。
当時はバタークリームのケーキが主流で、レシピも多かった。手動の泡立て器しかなくて頑張った。スポンジケーキを焼いて、切り分けて、バタークリームを作って、スポンジに塗りつけて、飾って。アラザンも銀色しかなかった。
ケーキは好評で、特に思い出深いのが、手のひらサイズの星型に切って、白いバタークリームと銀色アラザンで飾ったシンプルなケーキ。小さな子にも好評で、余りは皆が持ち帰ってくれた。
贈り物で嬉しかったのはこれかなあ。
あげたほうだけれどね。
【手のひらの贈り物】
わたしは、全幅の信頼を置いていた創作の相方(と思い込んでいた者)に創作を全否定されて(うつの症状による暴言であったことは頭では理解しているが、心に刺さってしまった)、何も書けなくなった訳だが、同時に全てを失ったと感じている。
知的好奇心。
知りたい欲、体験したい欲、表現欲。
本や文献にあたって調べること。
ウインドウショッピングをしたり雑誌を見ること。
全部しなくなった。全部失くした。
全て自創作のために行っていたことだから。
いわば資料集めのために生きていたのだ。
今のわたしは空虚だ。何の趣味もない。興味もない。
心の片隅で、昔に戻りたい気持ちが無い訳ではない。
でも、情熱を失ってしまって、やりたいことがなあんにも浮かばないのである。
【心の片隅で】
静かな夜、雪の中をひとり帰路につく。最寄駅で降りてから、バスがもうないのでとにかく雪道を歩く。
雪の夜は静かで、明るい。雪が白く光って、夜道の暗がりを追いやってくれる。ザクザクと踏みしめているはずの足音も、雪は吸収して消してしまう。
誰もいない夜道の静けさ。
雪の静かに降り積もる仄かな明るさ。
雪は冷たいが、雪洞を掘って中にこもると意外とあたたかいと聞く。かまくらに七輪を持ち込んでお餅を焼いてお汁粉にして食べる光景を本で見て、憧れた。
かまくらが作れるほど故郷では雪は積もらなかったし、雪国に転居後は、雪質が粉雪で、さらりと崩れてしまって、雪うさぎすら作れなかったが。
今でも雪洞で頂くお汁粉は浪漫である。
【雪の静寂】