故郷での年越しは、除夜の鐘つきと決まっていた。お寺さんに行って、大きな焚き火にあたり、確か最初のうちはおでんと甘酒も無料で振る舞われていたと記憶している。時間が近づくと皆が鐘に向かって並び、何となく列を作る。お坊さんがお経を唱えて最初に何度か鐘をつき、続いて並んでいた一般客が順につく。港から汽笛がボーっと鳴ったら年を越した証拠だ。
そんな年越しも、おでんや甘酒がなくなり、鐘つき希望者が多すぎて整理券が配られるようになり、今では有料化したと聞いている。
引っ越して、めっきり、お寺に行かなくなった。
今では神社で二年参りすることも少ない。
正月早朝に簡素な初詣をして済ませている。
でも遠くから除夜の鐘が聞こえると、あの子供時代の年越しのワクワク感を思い出すのである。
【遠い鐘の音】
小さい頃にテレビで、「マリンスノーの伝説」という長編アニメを観た。死んだプランクトンが雪のように海の中で降り積もっていくシーンが印象に残った。
それ以外の内容は小さすぎて覚えていない。
ただ、それ以降わたしは、現実逃避もあって創作に打ち込んでいたのだが、プランクトンに大変興味を引かれ、プランクトンから作られた人工食材とか、エネルギー源としてプランクトンを活用したりとか、影響を受けまくった話ばかり書いていた。
理科のりの字も知らないであろう頃からこれである。
具体的には、小学生になるか、ならないかくらい?
テレビの影響というのは大きいなと、後から思ったものだ。視覚的だから余計に影響が大きいな、と。
【スノー】
夜空の来ない夕暮れを見たことはおありだろうか。
わたしはある。飛行機で確かパリへ飛んだ時だ。わたしは当時中学一年生で、フランス語は五つくらいしか覚えていなかった。メルシィ、パードン、ボンジュール、ボンソワ、シルヴプレ。確かそれだけだ。あ、あとジュスィヤポネーズも覚えて行った気がする。
飛行機の窓の外は永遠に夕暮れだった。あれは往路か復路か。まだソ連だった国では窓を開けることを禁じられ、機内映画が流れていた。
永遠に続く夕暮れ、開けてはいけない窓、そして気づいたら空港は昼だった、ような気がする。どこかで一日分の夜を越えてしまったのだ。
ただ、海外には大学一年生の時にメキシコにも行っているので、その時の記憶だったかもしれない。飛行機での記憶はうろ覚えである。
【夜空を越えて】
親や保護者に限って言えば、わたしには抱っこなどの記憶はない。水に沈められた時に抱き上げられたようではあるが。
わたしのぬくもりの記憶、それは養母の家にわんさかといた猫たちである。犬は小屋に繋がれていて、力が強すぎて散歩になかなか連れて行けず、鎖を長くして走り回れるように工夫はしていた。
猫の中でもわたしに懐いてくれたのは少数。
でも寝転んで本を読んだりしているとのぼってきて、わたしの背中をベッドにしていた。
毛糸のマフラーを編んだ時は、毛糸玉にじゃれついて何度も毛糸を噛み切って、結果ヨダレべたべたのマフラーが出来上がった。
猫たちと一緒に丸まって日向ぼっこをした。ぬくもりの記憶といえば、そんなところだ。猫の寝言も何度も聞いた。もう一匹も生き残ってはいないが、わたしの心の中で生きている。
【ぬくもりの記憶】
わたしは小さい頃血行が悪かったのか、よく手や足に霜焼けを作っていた。
雪の日の小学校の雪遊びなどは寒さに震えて楽しめなかった思い出だ。
手が凍えて、カサカサになって、グーを握るとびしびしっと直線状にヒビが入って、出血した。
父はお湯に手を漬けさせて、おそらくわたしの冷え切った手を温めようとさせたのだろうが、それは必要な油分を奪って、余計に切れやすくなるだけだった。
冷たい、冷たい、わたしの手を見て父は言った。
「心が冷たいせいだ」
【凍える指先】