まそむ

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12/8/2025, 11:04:27 AM

さっぽろ雪まつりに何度か行った。その度に道民の友人数名と会って一緒に見て回ったり、色々観光したりした。でも道民は総じて寒さに弱かった。

少し見たところで雪原の寒さに耐えかね、お店に避難したがった。わたしはもう少し見たかったが、一緒に店に入りジンギスカンを頂いた。しめにうどんを入れても美味しいよと友人から聞いて、へえと思った。

あとは小樽の氷祭りにも行った。アイスバーでホットワインを頂いた。ワインはすぐに冷めた。
回らない寿司屋で食事したのもその時だったろうか。

道民が寒さに弱い訳が、別の友人宅に宿泊して分かった。ガンガンストーブを焚いて、部屋では薄着で過ごしていた。重ね着を繰り返して武装したわたしとは、冬の過ごし方から違っていたのだ。

【雪原の先へ】

12/7/2025, 12:20:07 PM

わたしはとある事情で長屋に住んでいたことがある。
住んでいたというか、滞納金のカタに住まわされていたと言うべきか。
だから通常の二倍の家賃を払わされていた。それでも二万ちょいだったけれど。水道代なし、和式トイレ・風呂・洗濯機共同で。

壁はベニヤ板一枚。隙間から隣が見える。台風の時は室内干しの洗濯ものが揺れる。当然冬は息が白かった。室内でコートを着て、手袋をはめて、コタツにもぐって、しのいでいた。

その頃から多少寒くても着込んで耐えるクセがついていたのではないかと思う。
今でも室内で息が白いことはよくある。ストーブをつければ良いのだけれど、着込んでしのごうとしてしまう。尚、コタツは処分されてしまったので、ない。

【白い吐息】

12/6/2025, 10:31:41 AM

わたしの友人は、わたしの保護者には内緒で作った友人であるが、幼い頃にお母様を亡くしておられた。
残されたお父様は家事が出来ない人。
まだコンビニもない時代。
お惣菜もスーパーにそんなに置いていない頃。

きっと、友人は食生活に苦労されていたのだと思う。

わたしはそんな事情も知らず、趣味で作った拙いお菓子を学校に持ち込んで、その友人に振る舞っていた。

それが後々、友人にとって、心の灯りになっていたことが判明する。

わたしにとっては、なんてことない、気まぐれな親切だった。でも友人には、かけがえのない手作りの味になっていたのだ。

それを高校で再会した後聞いて、わたしが友人の心の灯りを知らずに灯し続けていたことに驚いたし、嬉しくも思ったのであった。

【消えない灯り】

12/5/2025, 11:02:18 AM

きらめく街並み、という言葉で思い浮かぶのは、イルミネーションではなく、「ラブホテル」である。

以前住んでいた家の近くに、クリスマス近くになると家を電飾する知人がいた。そこで少しの間、ちょっとお世話になったのだが、その知人はラブラドール・レトリバーを飼っていた。犬の名前はラブ。

で、当然のように犬小屋も電飾される。それを知人は「ラブホテル」と呼んでいたのである。

実話である。

クリスマスが近づくにつれて「ラブホテル」も電飾、つまり、きらめきを増していく。肝心のラブがどう感じていたかは誰も知らない。

【きらめく街並み】

12/4/2025, 10:21:57 AM

わたしの養母も実親も、人付き合い禁止の方針だった。友人禁止、部活禁止、バイト禁止、家から出るのも禁止。許されたのは習い事と塾と病院だけ。

そんな中、わたしは同級生の友人をこっそり作り、彼女を仲介して、文通友達を増やしていた。当時は雑誌などに文通募集のコーナーがあり、住所氏名が公開されていたからだ。

わたしの名前は苗字がキラキラで、名前も嫌いだったので、高一の頃には一般的に見える筆名を使っていた。今でも郵便局にその名を登録して郵便を受け取っている。

文通は親や保護者には秘密だった。でも、あの経験があったから、全く人と付き合う手段が分からない大人にはならずに済んだと思う。今でも口頭では言葉が碌に出ないが、文章ならコミュニケーション可能ではあるからだ。まあ、罵倒されて育ったので、言い回しが無意識にきつい部分はどうにかしたいが。

【秘密の手紙】

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