小学校の鐘が鳴る。
掃除の時間も終わって、帰り支度をする。
でも、わたしのランドセルはない。
わたしのロッカーの中にない。
机の横にもない。どこにもない。
一人で探していたら、怖い顔の男の子が、ゴミ箱から見つけてくれた。
その子はとても怖くて、正直近づきたくなかった。
でも、給食当番の重い箱を持ってくれたり、急に親切にしてくれた。
そして何も言わずに転校していった。
その子が居なくなって、わたしはゴミ箱や焼却炉からランドセルを見つけることが出来るようになっていた。その子が転校前に教えてくれていたのだ。
最後まできみが何を心に隠していたのかはわからないけれど、わたしはきみに助けられたよ。有難うね。
【君が隠した鍵】
休み時間とか、余暇とか、そういう時間は無かった。
わたしは大体、トイレにこもっていたから。
概ね、吐いていたり、下していたり。
うちでは子供は前日、前々日のおかずを出されていた。ご飯も、ガス釜で美味しいのを炊いているのに、日が経って黄色くガビガビになったものを食べ終えないと、炊き立ての白米にありつけなかった。当日のおかずと炊き立てご飯は、親のもの。
だからわたしには余暇や休み時間は無かったのだ。
お弁当もそう。糸を引くコロッケやべしょべしょのサンドウィッチ(ジャム付きのきゅうりなど)他、まともに食べられるものは無かった。残すと怒られた。
一旦口に詰め込んでトイレで吐くしかなかったのだ。
休み時間や余暇にやりたいことはいっぱいあった。
でも、許されなかったのだ。時間を手放すほかなかったのだ。
【手放した時間】
わたしは幼い頃、母が嫌いだった。
正確には、母の口紅のにおいが嫌いだった。
だから抱っこを嫌がった。
そのうち母は抱き上げもしてくれなくなった。
母は働いていたから、いつも化粧がにおっていた。
幼児期は鼻が敏感なのか、わたしはそれが苦手だった。
そのうち母はわたしに関心を持たなくなった。
母のネグレクトは、わたしのせいなのかもしれない。
【紅の記憶】
助けて。苦しいよ。
ゴボゴボ水の音がする。
助けて。
小学生のわたしは目を醒ます。水中の夢の断片が、わたしにぐっしょりと寝汗をかかせていた。
ベッタリ体に貼り付いたパジャマを見て、起きてきた兄が驚く。夢の断片を話すと、声を抑えて囁かれた。
「お前、昔、親に、水に沈められたんだよ」
当時わたしは不思議と水が怖かった。顔を洗う時も顔を水につけられなくて、猫が顔を洗うように、片手に水をすくって顔を撫でて洗っていた。その理由がわかった気がした。あの夢は物心つく前の記憶だったのかもしれない。
【夢の断片】
目の前に、モヤモヤした生物がいた。
悪魔? それとも妖怪?
事の発端は、古書店で見つけた怪しげな古書だった。
たどたどしく文字を調べながら声に出して読み上げたら、このモヤモヤがいつのまにか目の前にいたという訳だ。
モヤモヤは僕の心に語りかけた。
(きみは何を望む?)
僕は......僕は、ためらいながら、好きな子への想いを叶えたいと答えた。
(契約成立だ)
モヤモヤは僕の両目をえぐり出した。
僕は失明した。白杖にすがる日々が始まった。
そして僕の思い人は、いつしか僕の介護士になっていたんだ。
今の僕は、目は見えないけれど、幸せだ。
【見えない未来へ】