お題 風に乗って
下から風が強く吹き上げてくる
柵が消えた景色は幾分か綺麗に見えた
『人は、死んだら風になるんだよ』
今になって、昔の戯言を思い出す
もし、こうなったらだとか。次はこうなりたいとか。
そんな夢物語は、もう自分に必要ない
「よし、行くか。」
足を少し前に滑らせれば、細い体はあっという間に落ちていく
頬を突き刺すように撫でる風が心地いい
「 」
その言葉は、地面に叩きつけられる肉の音に混じって消えた
※この話は、決して自殺を肯定するものではございません
お題 エイプリルフール
「うっそだよー!」
「ちっくしょぉぉぉぉ!」
頭を抱えて蹲る少年に、私は優しく声をかける。
「いい加減諦めたら?私に勝つって言ってもう何年目よ?」
「まだ6年しか経ってない!」
「6年も経ってるでしょ。」
やれやれ、どうしてこうも強情なのか。
「大体あんた、なんでそんなあたしに勝ちたいのよ?」
うぐっ、と声を詰まらせ固まる。こころなしか顔が火照っているように見えるのは気のせいか。
「う、うっせー!俺は絶対お前が騙されるような嘘をついて、お前に勝つって決めてるんだ!だから、その日まで逃げんじゃねーぞ!!」
じゃーな!!あっという間に去っていく夕陽に照らされたランドセルを見つめ、微笑む。
「あの子も、そろそろ気づくかな。」
『もうすぐこの街から出ていくんだ。』
エイプリルフールは、午前までだって。
お題 胸が高鳴る
がらり。ドアからあなたが姿を現す。
どきん。
声が聞こえる。
どきん。
こちらに近づいてくる。
どきんどきん。
「おはよう。」話しかけられる。
どきんどきんどきん。
いつまで経っても、胸の音が落ち着くことなんてなくて。
一瞬でいいから、あなたにもドキドキしてほしい。なんて身勝手にも願いながら、私は微笑む。
「おはよう。」
このジュースみたいな幸せが、消えたりしませんように。
お題 ずっと隣で
「お父さん、おやつ」
縁側でたまと一緒にくつろぐ夫に呼びかける。
「…今日はなんだ」
「とらやのどら焼きと緑茶よ。」
相変わらずの仏頂面だが、頬に僅かに寄った皺を私は見逃さない。
「たまも一緒におやつにしましょ。」
ぶなぁと鳴き、自然と私たちの間に挟まるたま。
おやつのチュールもお盆に乗せ、縁側へ向かう。
何十年経っても変わらぬ、お茶の時間。
この先も、貴方たちとずっと隣で。
お題 愛と平和
『汝の敵を愛せよ』
この言葉を聞く度に俺は思う、そりゃ無理なことだと。
さっきまで殺し合いをしていた敵を突然愛せって?
自分の地位を奪った奴を許せって?
あんたは神だからできたんだろうが、こちとら人間だ。
俺たちは、恨んで憎んで蹴落とすことでしかこの苦しみを晴らす術は無い。
ああ、でも、だからかな。そんなふうにやってきた俺たちだから、こんな最悪な結末を迎えるんだろう。
俺は赤く染まった空を見上げ、嘲笑を漏らした。
元は小さな衝突だった大国同士の諍いは、いつしか他国を巻き込んで、世界規模の大戦争を引き起こした。
沢山の人間が武器を取り、見ず知らずの人間を殺し合った。
いつしか戦争の本来の意味すら忘れ去られたこの時代に、敵国代表は地球を破壊する規模の爆弾を使うと発表した。
何でも、昔極東の国を破壊した『ゲンバク』ってやつの数百倍はあるらしい。
これ以上見苦しい真似をやめるため、ここで人類の歴史に終止符を打つだとか言っていた気がする。
勿論、世界各地からバッシング受けてたが。
轟音を立て空へロケットが打ち出されたと同時に連絡があった。
「例のモノが使用された。総員、これにて解散。逃げるもよし、進むもよし。最期の時まで自由にしろ。」
俺は、進むことにした。
別に敵を殺そうってわけじゃない。
ただ、知りたかった。俺たちが、躍起になって倒そうとした相手の顔を。
殺す対象じゃなくて、一人の人間として。
そう思い歩くうちに、気づいた。
これが、敵を愛すってやつなのかなと。
もっと相手を知りたいと、そう思うことも愛なのかもしれない。
だって、知りたいと思うだけでこんなにワクワクするのは初めてなのだ。
気づけば笑っていた。何だか酷く楽しかった。
ああ、こんなに楽しい気持ちなら、もっと早く気づけば良かったな。
そしたら、お偉いさんにも教えられて、もしかしたらこの戦争も止められたのかもな。
まあ、今もしの話をしてもしょうがねぇか。
空は血の池地獄のような色へ姿を変えている。
もうあと数分もないだろう。
俺は疲れて座り込む。
結局人には会えなかった。
けど、もういい。
俺にしては、最後にいいことに気づけた。
それだけで、十分だ。
ロケットの墜落した所から眩い光が生まれる。
それに飲まれる直前、俺は一人願った。
もしまた人の世が来るのなら、皆が敵を愛する心を持って生まれてこれますように。