お題 愛と平和
『汝の敵を愛せよ』
この言葉を聞く度に俺は思う、そりゃ無理なことだと。
さっきまで殺し合いをしていた敵を突然愛せって?
自分の地位を奪った奴を許せって?
あんたは神だからできたんだろうが、こちとら人間だ。
俺たちは、恨んで憎んで蹴落とすことでしかこの苦しみを晴らす術は無い。
ああ、でも、だからかな。そんなふうにやってきた俺たちだから、こんな最悪な結末を迎えるんだろう。
俺は赤く染まった空を見上げ、嘲笑を漏らした。
元は小さな衝突だった大国同士の諍いは、いつしか他国を巻き込んで、世界規模の大戦争を引き起こした。
沢山の人間が武器を取り、見ず知らずの人間を殺し合った。
いつしか戦争の本来の意味すら忘れ去られたこの時代に、敵国代表は地球を破壊する規模の爆弾を使うと発表した。
何でも、昔極東の国を破壊した『ゲンバク』ってやつの数百倍はあるらしい。
これ以上見苦しい真似をやめるため、ここで人類の歴史に終止符を打つだとか言っていた気がする。
勿論、世界各地からバッシング受けてたが。
轟音を立て空へロケットが打ち出されたと同時に連絡があった。
「例のモノが使用された。総員、これにて解散。逃げるもよし、進むもよし。最期の時まで自由にしろ。」
俺は、進むことにした。
別に敵を殺そうってわけじゃない。
ただ、知りたかった。俺たちが、躍起になって倒そうとした相手の顔を。
殺す対象じゃなくて、一人の人間として。
そう思い歩くうちに、気づいた。
これが、敵を愛すってやつなのかなと。
もっと相手を知りたいと、そう思うことも愛なのかもしれない。
だって、知りたいと思うだけでこんなにワクワクするのは初めてなのだ。
気づけば笑っていた。何だか酷く楽しかった。
ああ、こんなに楽しい気持ちなら、もっと早く気づけば良かったな。
そしたら、お偉いさんにも教えられて、もしかしたらこの戦争も止められたのかもな。
まあ、今もしの話をしてもしょうがねぇか。
空は血の池地獄のような色へ姿を変えている。
もうあと数分もないだろう。
俺は疲れて座り込む。
結局人には会えなかった。
けど、もういい。
俺にしては、最後にいいことに気づけた。
それだけで、十分だ。
ロケットの墜落した所から眩い光が生まれる。
それに飲まれる直前、俺は一人願った。
もしまた人の世が来るのなら、皆が敵を愛する心を持って生まれてこれますように。
3/10/2023, 2:32:31 PM