うどん巫女

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10/29/2023, 3:21:52 AM

暗がりの中で(2023.10.28)

パラ…パラ…
薄暗く、静謐な書庫にページを捲る音だけが響いている。「書庫」とは言ったものの、いくつかの本棚が並んだ、こじんまりとした部屋だ。一つだけある小さな窓からは、盛りを過ぎた柔らかな陽光が薄く差し込んでいる。まるで、そこだけ時間が停滞しているような、穏やかな空間。しかし。
「あ、やっぱりここにいた!」
突然開いた扉と、静かな部屋に不似合いな元気な声。先ほどまでまったりと本を読んでいた少女は、諦念のようなものが混じったため息を吐く。
「……また来たの、柚子葉」
「え、だめだった?…あ、読書の時間を邪魔しちゃったのはごめんね…。でも沙耶香と一緒に帰りたくて…」
先ほどまで本を読んでいた少女、沙耶香は、目の前のもう一人の少女をじっとりと見る。申し訳なさそうに身を縮める少女は柚子葉、沙耶香の幼馴染だ。
「柚子葉、今日は委員会あるから遅くなるって言ってなかった?それに、帰るならあの陽キャたち…じゃなかった、委員会の人たちと一緒に行けばよかったんじゃ…」
「委員会は早めに終わったし、沙耶香はいつも放課後ここで本を読んでるから、今の時間くらいにここに来れば一緒に帰れると思ったの」
なるほど…と、返事になっているのかわからない言葉を返しながら、沙耶香は内心げんなりとした。こんな薄暗い書庫でひっそりと、一人で読書しているところからわかるように、沙耶香は日陰の者、要するに陰キャというやつである。対する柚子葉は明るく社交的で、友人も所謂陽キャが多い。まぁ、本人の性格は少し天然ながら温厚で優しいので、誰しも柚子葉のことは概ね好意的にみているだろうが。
「ねぇ沙耶香、読書なら図書室でもできるのに、どうしていつもここに来てるの?別にそれが悪いとかではないけど、ここ薄暗くて目が悪くなりそうだし…」
居心地の悪そうな柚子葉に対して、私は「やれやれ…」とでも言うように肩をすくめてみせた。ところでやれやれってどういう語源なんだろう。いや、話題が逸れた。
「図書室って、人の出入りが結構あるし、自習してる人も多くてなんだか落ち着かないんだよね。それに、目が悪いのは元々だからもう気にしないし」
「確かに、図書室の雰囲気は私も苦手かも…」
「あと、薄暗いところってなんか安心しない?ほら、布団の中に潜ると安心する、みたいな」
「うーん、それはちょっとわからないかなぁ…」
苦笑いする柚子葉と、私の感性は合わなかったようだが、それでも彼女は私のことを頭ごなしに否定することはない。柚子葉には、陽キャにありがちな(これは偏見でしかないが)真夏の強烈な日差しのような押し付けがましさがなく、同じ「陽」でも、あたたかな「陽だまり」のような性格だ。それが案外、薄暗い自分には心地よい。
気を取り直して色々と話しかけてくる柚子葉におざなりに、しかし気安く返しながら、帰り支度を済ませる。そして、いつまでもこんな関係が続けば良いのにな、なんて思いながら、今日も私は柚子葉と共に家路を辿るのだった。

10/26/2023, 6:49:32 AM

友達(2023.10.25)

君が道理を違えた時

それを正すのも

それを許容するのも

弱さゆえに止められないのも

止められなかったことを後悔するのも

確かに友人であったからだと、そう、思うのです。


(タップミスで編集途中のまま投稿していました。10/28編集済み)

10/25/2023, 9:51:54 AM

行かないで(2023.10.24)

『お話したいことがあります』
そんな文面で始まるLINEの通知を見て、一瞬ぎょっとした。相手によっては、なんだかこちらに都合の悪い話をされそうな書き出し。しかし、送り主は最も親しい友人で、最近喧嘩などしたわけでもない。どうしてこんな改まったような語り口なのだろう、と訝しむ気持ちと、薄々何の話題かを察したような気持ちのまま、LINEを開く。
『あの人と、お付き合いすることになりました』
「あ、やっぱり」思わず声に出して納得してしまった。最近ずっと友人の恋愛相談もどきのようなものを聞いていたので、それほど大きな驚きはなかった。とはいえ、やはりおめでたいことなので、言葉を尽くして祝福のメッセージを送る。
そうしてしばらく会話が続いた後、一息つくと、俄かに猛烈な寂寞が胸に湧き起こった。
いやいや私よ、あの子に恋人ができたところで、私たちが友達であることには変わりないじゃあないか。それとも、構ってもらえる機会が減るのが寂しいのか?友人より恋人を優先するのなんて当たり前だし、きっとこれからも無下にはされまい。何をそんなに悲しむことがあるものか。そう自分に言い聞かせても、やっぱりわだかまりは残る。
意味もなく友人とのLINEの会話の跡を眺めながらしばらく考えて、あぁ、と得心した。きっと私は、置いていかれるのが寂しいのだ。いつまでも子供っぽい私と、青年期の複雑な感情を抱えたあの子。「恋人」という、私自身には想像もつかないような関係性を持ったあの子。それが、なんだか私だけ取り残されているようで、置いていかれたようで、どうしようもなく寂しいのだろう。
気づいてしまえば、なんとも子供っぽい、誰かに話すのも憚るような、くだらない心情だ。こういう気持ちに区切りをつけなければ、いつまで経っても置いていかれたままだと。そう、わかってはいるのだけど。
私を置いて行かないで。今日だけは、そう思ってもいいだろうか。

10/8/2023, 3:44:28 AM

力を込めて(2023.10.7)

くそっ、くそっ、また負けた!!
心の中で激しく毒づく。何でそんなに苛ついてるのかって?勝手にライバル視してるあいつに、またテストの点数で負けた!「運が良かっただけだから…」とか、なんか申し訳なさそうな態度とか、全部、全部ムカついて仕方ない。
大体さ、真面目で勉強もできて性格も良いとかさ、なんなんだよ、ホント。しかも野球部とかさ、なんか誠実そうじゃん。さぞおモテになるんでしょうね!あぁ、本当にムカつく。
……いや、まぁ、あいつが頑張ってるのは知ってる。さっきも、部活は終わってるだろうに1人で自主練してるのが校舎の窓から見えたし。部活も勉強も両立するなんて、努力しないと無理だなんてことはわかってる。あいつは、すごいやつさ。
でもさ、それでも、それでも勝ちたくなるんだ。せめて、勉強だけでも上回ってやりたいと思っちゃうんだ。凡人だって、努力すれば何とかなるんじゃないかって、期待しちゃうんだ。

……あ、まだ練習してる。真剣な眼差しで、一球一球、投球してる。もう疲れてるだろ、早く帰れよ。ほら、ボールが変なところに飛んでこっちまで転がってきた。
そんなばつの悪そうな顔すんなよ。努力してるとこ見られたくないのかもしれないけどさ、あんたが頑張ってるところは…その…かっこいいんだし。
え?いや、今のは聞こえてなくていいから!もう、肝心なところでいっつも鈍いんだよなお前!
やっぱ、お前に勝てるまでは絶対言わない、好きだなんて!
そう思って、力一杯、ボールを投げ返した。

10/1/2023, 10:41:01 PM

たそがれ(2023.10.1)

茜色を背にして、君は「じゃあね」って、軽く手を振った。まるで、また明日も当然会えるよと言うかのように。
校門を分岐点に、君の家と私の家は真反対。もう、偶然会うなんてこともない。
逆光の影に塗りつぶされて、君が笑っているのか、泣いているのか、わからなかった。黄昏時は、別れの思い出すらくれないんだね。
「誰そ彼」なんて言うなら、君じゃない、誰かを連れて行ってくれたらいいのに。

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