いろ

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12/27/2023, 12:17:18 AM

【変わらないものはない】

 満点の星空を君と二人で並んで見上げる。白銀の星々がまるで地上へと降ってきそうなほどに大きく輝いていた。いつもはうるさいサイレンの音も、僕たちを捜索する兵士たちの声も、今は聞こえない。夜の闇に身を委ねて、僕たちは手を繋ぎ合った。
「大丈夫です。あなたは僕がお守りします、殿下」
 君の指先が少しだけ震えている。少しでも安心してもらえるよう、その手をぎゅっと握り込んだ。
 変わらないものなんてこの世にはない。絶対だと思っていた王家の権力は潰え、明日も訪れると思っていた平和な日常は消え去って久しい。それでも今、僕は君の隣にいて、君は僕の隣にいる。その事実さえあれば、僕には十分だ。
 星々だけの見守る静かな夜に、僕たちは今日も二人きりで生きている。

12/25/2023, 11:22:36 PM

【クリスマスの過ごし方】

 クリスマスの朝に目を覚ますと、枕元には飾り気も何もないプレゼントが置かれている。古い小説に囲碁、時代劇のDVD……どう考えても幼い子供に贈るものではない渋い趣味のものたちが、毎年ひっそりと鎮座していた。
 父さんも母さんも今年もまた帰ってこなかったんだという寂しさと、不器用で厳格なじいちゃんが俺のためにわざわざプレゼントを用意してくれたんだという嬉しさと。正反対の感情を同時に抱きながら、もらったプレゼントで遊ぶのが俺のクリスマスの過ごし方。
「……楽しいか?」
「うん!」
 短く尋ねるじいちゃんに満面の笑顔で頷けば、じいちゃんは安心したように小さく息を吐く。チキンもケーキもクリスマスの歌もないけれど、俺にとっては優しい幸せに満ちた特別な一日だ。

12/25/2023, 12:10:33 AM

【イブの夜】

 街の片隅の小さなケーキ屋で、売れ残っていたミルフィーユとモンブランを一つずつ購入して帰路につく。クリスマスイブの夜とはいえ、こういうクリスマスらしさの薄いケーキは予約なしでも買えはするらしい。ホールケーキを買うほどイベントごとに積極的な性質ではないから、この程度で十分だった。
「ただいま」
 自宅に帰り暖房の効いたリビングへと入れば、先に帰っていたらしい君が「おかえり」と顔を綻ばせ、そうして僕の持つケーキボックスに目をとめた。
「あーっと、まあそうなるかぁ」
「え、なんかまずかった?」
 首を傾げて尋ねれば、君は少しだけ罰が悪そうにキッチンへと足を向ける。冷蔵庫から取り出されたのは、僕の手の中にあるのと全く同じケーキボックス。
「お互い考えることは一緒だね」
 少しだけ気恥ずかしそうに笑う君に、思わず僕も笑ってしまう。
「四つのケーキを二人で食べるなんて、イブの夜らしい贅沢で良いんじゃない?」
 軽やかにそう告げて、愛しい君の身体を腕の中に抱きしめた。

12/23/2023, 11:48:30 PM

【プレゼント】

 高層ビルに囲まれた狭い空を見上げる。灰色の曇天から、はらはらとこぼれ落ちる白い雪。朝に見た天気予報では、降水確率は0%と言っていたのに。
 手のひらを上へと向ければ、舞い落ちてきた雪のカケラが僕の肌の熱に触れてすぐに水滴へと変わる。ああ、なんて美しい光景だろう。
 生まれ育った山奥の村は、冬が始まると雪に覆われるのが当たり前だった。就職のために都心部に出た今年はもう、雪なんて見られないものと思っていたのに。
(――ありがとう)
 ポケットの中の家の鍵につけたお守りを、そっと握り込んだ。物心ついた時から僕と一緒に遊んでくれた、優しい親友。村を離れたくないと年甲斐もなくワンワンと泣いた僕を励まし、これからもずっと見守っているからと祝福を与えてくれた、僕のたった一人の神様。
 きっとこの雪は、神様から僕への誕生日プレゼントだ。懐かしい気配のする粉雪に全身を包まれながら、僕は懐かしさに微笑んだ。

12/23/2023, 7:09:28 AM

【ゆずの香り】

 電車を降りれば、寂れたホームが私を出迎えてくれる。無人の改札のボックスへと今どき珍しい紙の切符を放り込み、大きく息を吸い込んだ。
 肺を満たす爽やかなゆずの香り。私の生まれ育った町の懐かしい匂いに、帰ってきたのだなという実感がようやく追いついてきた。
「おかえり」
 電話越しには何度も聞いていた君の声。だけど直接耳にするのはもう何年振りだろうか。柄にもなくじわりと視界が滲みかけたのを誤魔化すように明るい笑顔を作ってみせた。
「ただいま!」
 ゆずの香りの漂う素朴で優しい町によく似合う、君の穏やかな微笑みが、私の心をふわりと包み込んでくれた。

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