「ねぇ、君は夢って何かある?」
「うーん夢か、考えたことはあまりないな。毎日同じことに埋もれてる現実だからさ、夢なんてどこか遠い場所にあるように思えるんだ」
「確かにね、でも実は、現実というのは夢にたどり着くためのひとつのルートなんだと思うんだ。だから、夢と楽しい現実を出会わせてみるのはどうだろう?」
「ふーん、現実の中に少しの楽しみを見つけられれば、夢を見つける近道になるかもしれないな」
「結局は、毎日が大切ってわけだよ。だから面白いと思う遊びも忘れないようにしようぜ」
「面白いことから夢が見つかれば言うことないよ」
「夢を描け」
「君の想いが誰かに届かなくても、その想いはいつか違う形で実を結ぶときがやってくるんだ。だから、僕はこのゴンドラにその想いを乗せて、遥か彼方へ運ぶことにしたよ。そっとそこに置いておくんだ」
アビーは静かに手にしたゴンドラを見つめた。
アビーは信じている。
「想いって、そういうものなんだよ」と。
どんなに遠くに運ばれても、その温かさは決して消えない。
いつの日か誰かに響くことをアビーは、心から願っていた。
「届かない…」
天気のいい休日の森林公園では、野鳥のさえずりと、優しく差し込む木漏れ日が迎えてくれる。
ここでの散策コースはとても気持ちがいい。
でも、そんなひとときを邪魔するのが、時折現れる「野鳥の声真似おじさん」だ。
おじさんは、鳥の鳴き声を真似ながらサッと走り去っていく。
まるで不意打ちを狙う変な敵襲のようだ。
おじさんのヘンテコで攻撃的な声に対して、すべての野鳥が「それは違う」ときっと抗議するだろう。
「木漏れ日」
ふらりと入った懐かしい街の店で、カプチーノを一口飲む。温かなクリームが体の隅々まで浸透してくるようだ。
耳を傾けると、ラブソングが流れていた。
何度も聴いたことのあるフランス語で歌うボサノヴァ風のお洒落な旋律だ。
その歌は、朝でも昼でも夕方でも、もちろん夜でも穏やかな眠りへと誘う。人の心を包み込むような歌い方だ。
でも歌手の名前が思い出せない。それに、君と一緒に聴いたあの時間のこともいつの間にか忘れてしまっていた。
だけど今、思い出は美しく再生される。
あの時の君への感情は、もう薄れてしまったはずなのに、再びこの歌を君と共有しているかのような錯覚を覚える。
君は今どうしているのか。
返事がなくても君と一緒にいる気がするよ。
「ラブソング」
パリの18区にひっそりと佇む美術館は、時が止まったかのような静けさだ。ギシギシと音を立てる古びた床は、歴史を語るように足音をたてる。
そこに展示されているスペイン画家ゴーシュルレの名画「幻の女」は、どの角度から眺めても、決して目が合うことがない。
その絵の魅力は、見る者に朧げな影を思い起こさせるところにある。
ゴーシュルレは、ある女性と目が合ったとたん、運命的に一目惚れをしたと言われている。しかし、その情熱は叶わぬ恋として彼をさいなみ続けた。
絵画の中の女性の微笑みには、ゴーシュルレの苦悩が宿っている。
彼女との距離は決して縮めることは出来ずに永遠の美しさと共にその恋を封じ込めた。
誰もがその絵に触れれば、胸の奥で哀しみの詩を聴くことになる。
「幻の女」は、恋の痛みとその美しさを語りかけるのだ。
「すれ違う瞳」
☆ゴーシュルレという画家は、創作であり実在しません