kamo

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6/26/2023, 9:14:15 AM

56 繊細な花

友達みんなで、前世占いにきた。
「あなたの前世は、遊牧民の姫です」
いいなぁ。なんだかロマンがある。
「あなたの前世はイルカです」 
いいなぁ。イルカは自由だし、かわいいし。
占い師は水晶を通して、つぎつぎに前世を占っていく。いよいよ私の番だ。
「さあ、つぎはあなたの前世をみます」
わくわく。
「あなたの前世は、繊細な花です」
草花だった!
「わぁ…なんだかすてき」
「具体的にいうと、ラフレシアですね」 
「……ラフレシア」
私は沈黙した。あれは繊細な花なの?
不満そうな私に、占い師はいった。
「お化け植物みたいに見えても、ラフレシアは繊細な花ですよ。花が咲くのは珍しいことで生育条件もあまり分かっていません。デリケートなんです」
「そ、そうなんですか」
人も花も見た目によらないのかもしれない。
とにかく、私の前世はラフレシアなんだそうだ。
うーん。なんだか、複雑な心境。

6/23/2023, 9:36:12 AM

55日常

青春時代には、本当に何もなかった。
小学校の友達と同じ中学に行き、中学校の友達と同じ高校に行った。偏差値54の普通科高校。いいやつもわるいやつもいなくて、勉強は簡単でも難しくもなくて。
部活はやってなくて、放課後は友達とゲームばかりして、文化祭ではたこ焼きを焼いて。
週末だけ近所のレストランでバイトして、そこで手際のよさを褒められたので調理学校に行って、隣県の観光ホテルに就職して。
ああ、人生って本当にこんなもんでいいのかなぁ、あんまりにも、何もなさすぎるよなぁ。ちょっとふがいない心地で思ってもいたけど。
「分かるわかる。私もそんな感じ。商業高校で簿記とかやって、なんかそのままここのホテルに就職したよ」
職場で知り合った女の子にそう言われ、すごく居心地がいい相手だったので、そのまま結婚した。彼女はいい奥さんだ。日々には相変わらず何もないけど、来年には子供が生まれる。何もない人生に「自分の子供」という存在が登場することになったから、正直戸惑う。でも、こういうのは素直に幸せだと思う。これからの五十年くらいの人生に「なにもない」ことを、今はむしろ、積極的に願っている。

6/21/2023, 9:44:14 AM

54あなたがいたから



ぎゅっと圧縮されたような、濃い青春がそこにあった。
夏だ。真夏だ。甲子園だ。
私は甲子園球場の警備員で、通用門を常に守っている。
勝ったチームも負けたチームも、基本的にはここをくぐって駐車場からバスに乗り、そして宿泊先や地元へ帰る。
お前のおかげで投げられたよと捕手に言う投手。
先生のおかげで勝てましたと監督に言う選手。
応援団やマネージャーの存在がありがたかったと口にしつつ去っていくものもある。
どんなに優れた選手であっても、自分だけで戦っているというわけではない。
私は周囲に目を配りつつ立っているだけだが、やはりこうした場面は涙腺にきてしまう。
「おつかれさまっす」
そして時折、警備の私にこうして声をかけてくれる選手もいる。
私は通用門を守っているので試合を見ていないが、場の空気からして、おそらく彼のチームは負けたのだろう。
彼が三年生だとしたら、もう二度と、甲子園球児としてここには戻れない。
それでも最後に、私に声をかけてくれたのだ。
小さく頭を下げて、彼を見送る。
そしてまた気を引き締めて、警備に戻る。
夏はそうして過ぎていく。大会はあと数日、残っている。

6/17/2023, 11:03:35 PM

53 未来


 未来ではこんな病気、なくなってるといいなぁ。
 私の母はそう言い残して亡くなりました。
 神経系の難病で、最期はほとんど寝たきりだった。
 今回の報を受けて、私は「未来」というものについて改めて、自分なりに考えました。
 未来まで続いてほしいものがたくさんあるのと同時に、未来では無くなっていればいいものも、本当にたくさんあると思います。
 戦争や天災はもちろんだし、飢えや搾取、過労死や女性差別だってそうだし、人によっては嫁姑戦争やギャンブルだったりするかもしれません。たとえばシイタケが嫌いな人はシイタケがなくなることを望むかもしれませんね。こんなこと言ったら怒られるかもしれませんが、それでいいんです。人にはそれぞれ、百人いれば百通りの「なくして欲しいもの」があります。
 母の病気の罹患率は、人口百万人に一人程度でした。だからこの国には、だいたい百人しか患者がいません。
 私は本当にダメ元で、この奨学金に応募しました。
 選考に通り、ノースカロライナ州にある大学の医学部に行けることになりました。
 選考にあたられた皆さん、それから支援者の皆さんに、心よりの感謝を捧げたいと思います。
 未来まで続いてほしいもの、未来にはなくなっていて欲しいもの。
 いろいろあるけれど、私は母の命を奪った病気を根絶するため、奨学金で大学に行きます。
 たとえ百人しか望んでいない希望であっても、私はそのための努力を続けるつもりです。
 本当にありがとうございました。

 202X年 みらい財団 医学部特別奨学金獲得者 Aさん18歳のスピーチより

6/17/2023, 9:44:48 AM

52一年前


最後に熱い味噌汁を飲んだのは、一年も前の事になる。
海外赴任を終えて、もうすぐ帰国。今は飛行機に乗っている。
日本に降りたったら、まずは空港の牛丼屋に駆け込もうと思う。刻みネギと豆腐の浮いてる、出汁のきいたなんの変哲もない味噌汁。きっと全身に染み渡るほど旨いだろう。紅生姜のすっぱさとタレの甘しょっぱさが絡み合う牛丼を一気にかき込む。サイドメニューの冷奴をつるりと流し込む。あいだにしゃきしゃきのおしんこを挟む。そして最後にまた、味噌汁でしめる。最高だ。
ああ、禁断症状のように頭がくらくらしてきた。
早く飛行機がつかないだろうか!

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