45誰にも言えない秘密
2組の一卵性双生児が2組のカップルになって子どもを生むと、その子どもたちの遺伝情報は同じになる。子どもが実子でないことを疑っても、不貞の相手が配偶者の片割れである場合はDNA鑑定で親子関係の不存在を証明できない。
非常にこじれた、そういった疑惑の末に、双子の兄である夫が、もう一組の姉である妻を刺殺した。
事件の担当刑事である島田さんは、苦い顔をして署内の喫煙所でタバコを吸っていた。僕はただの窓口係だが、こうしてこっそりと事件の情報を教えてもらうことがある。今回は僕が双子だから、意見を聞きたいんだと言われた。
「かみさんは否定を繰り返したけど、実子じゃないことが分かったんだってよ。不倫してた、夫の双子の弟の子だと。それでベットに寝ていた妻を刺した」
「ひっどい話ですね。でもどうやって確証を得たんですか?」
「兄だけ無精子症だった。怒りと絶望が深かったんだろうな」
「うわ…」
双子として男として、僕には子どもはいないけどおそらく父親としても、大変やりきれない話である。思わず顔をしかめた。
「でな、俺、どうもこの事件、まだまだ秘密がありそうな気がするんだよ」
「? というと」
「妻側の双子姉妹のほうも相当仲が悪かったみたいでな。どうも殺されたの、姉じゃなくて妹のような気がするんだ。そっくりな双子を自分のベッドに寝かせておけば、できない話じゃないから」
「うそでしょ。それはさすがに」
いくら男女関係がドロドロだったとはいえ、双子の妹を身代わりに殺させたりするだろうか。そんなにうまく、夫に殺してもらうことなんて、できるだろうか。確かにそれをすれば、不倫相手の弟と何食わぬ顔で人生をやり直せるけど。妹になって生き直したい、なんてさすがに飛躍がすぎないか。
「さすがに荒唐無稽すぎるか。まあまだ勘の域だからな。忘れてくれ」
島田さんは苦笑し、タバコを消して去っていった。ありえないだろ、と思いつつも、気になる。島田さんの勘は当たるから。
「でも、いくらなんでもなあ…」
呟きながら、休憩時間にいつも覗いているSNSを開いてみた。たまに「双子あつまれ」みたいなグループに参加している。
そこにひとつのコメントをみて、僕の指がとまった。
『明日から新しい人生がはじまる。片割れをなくすのは悲しいけど、これも仕方の無いことだから』
「……まさか、な」
日付は事件の前日だ。アカウントネームは「ひみつ妻」……
「島田さん!!」
僕は喫煙所を飛び出して島田さんのあとを追った。
考えすぎだとは、思う。
でも、もしかしたら。そういう気分だった。
44狭い部屋
一年一組 佐藤るきな
道の上に、たまに透明な箱があります。
長くて四角くて、不思議な箱です。
あれは何?と聞いたら、おとうさんは「電話ボックスというんだよ」と教えてくれました。もう電話はなくなってしまっているけど、箱だけ残っているそうです。お父さんがわたしくらいの頃は、外で電話をするときにあれを探したんだそうです。
かくれんぼに使う箱ではないの?と聞いたら「そんなことをしてはいけないよ。入り口も塞がれているだろう」と言われました。
変なの。と思いました。
だってあの箱には、いつも誰か隠れているのに。
私と目が合うと「隠れてるの、内緒にしてね」とそっと指を立てたり、手招きをしたりするのに。
みんなどうして気づかないのかな?
昨日の女の人は、頭がへこんでいてかわいそうでした。私は声をかけてあげようと、思いました。外からのっくしたらまっかな、めでみられました。きがつくとわたしはでんわぼっくすのなかにいました。でられなくなってこわくてさけびました。だれかがきてくれて、そのひととめがあったのでたすけてといったらそとにでることができました。わたしはこわいのでそのままかえりました だれかはだしてこわいとさけんでいました。あのでんわぼっくすは、そういうかくれんぼのはこです
43失恋
失恋、という単語をスマホで打ち込むと、ムンクの「叫び」の絵文字が出てくる。失恋というのは本来、それほどつらく絶望的なものなのだ。
という話を友達のアキオにしたら
「『叫び』は幻聴や幻覚に苦しむ姿を描いたものらしいぞ。ぴったりだな」と言われた。
「おまえも早く幻覚ではないリアルの恋を見つけろよ」とも。「叫び」がそういう絵だというのは知らなかった。
それにしても、これだからアキオというやつはいただけない。
終わったのは幻覚の恋などではないのだ。
恋愛シミュレーション『ときめき学園』の人気キャラ、藤島かれん。頑張ってあらゆるパラメーターをあげても、彼女は振り向いてくれなかった。あんなリアルな「私、もっと向上心のある人が好きだな」などというセリフで男をフってくる女子が、幻覚などであるわけがない。僕は本当に、心から傷ついたのだ。
僕はもう一周、このゲームをする。
身も心も、すっかり、このゲームの世界に入り込んでいる。
もしかしたらさっき話したアキオという男も、ゲーム中で好感度を調べアイテムを渡してくれる「同性の親友」キャラかもしれない。さあどちらだろう。そんなことより早く、パラメーターをあげなくては。今度こそ、かれんへの告白を成功させるために。
42天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは
婚活をはじめたら初対面から政治と野球と宗教の話をする、年収自慢の男ばかり紹介されました。私は意地になって、ひたすらに天気の話をしました。天気の話なんて無難すぎると思いますか?いえ。私は気象予報士です。だいたいみんな、私の知識量に圧倒されて黙ります。もちろんお相手がまともなら、そんなことはしませんが。お見合いって不毛なものですね。でも負けません。今日は50人目と会うんです。相手が語りマンである限りは、これからもガンガン応戦しますよ。素敵な伴侶に出会えるまで、私は天気の話を続けます。
41ただ、必死に逃げる私。何かから逃げるように。
ヒッチコックのようなサイコスリラーが撮りたい。
そんな想いで持ち込んだ映画の企画が、部署を通過するごとにお偉いさんに改変され、めでたく撮影に入るころにはラブロマンスになっていた。よくあることではないが、時折あることである。業界というのはそういうものだ。
主演俳優だけは何故かスケジュールの都合がきいてしまい、当初の予定のままキャスティングされている。
裸で浴室にこもり、叫び声をあげて刺されるのがよく似合う、いかにもスリラーで死んでそうな安っぽい女優と、その女優を追い回すはずだった目の血走った醜男。
今、スリラー女優はスリラー俳優に追い回されて悲鳴をあげている。不気味さと悲壮感のただよう素晴らしいショットだが、これは殺害シーンではなくラブシーンだ。
果たしてこの映画の行く末、どうなるのだろう?
監督の自分としては、案外ウケる気もしている。