「中途半端な同情なんていらない。大きなお世話。」
なんて返せばいいんだろう。黙りこくっている私に貴女は冷たい目線を向けてどこか悲しそうに顔を歪め、その場を去ってしまった。
私と彼女が出会ったのは2学期の途中ごろ。不登校だった彼女がクラスで授業を受けている姿がなんだか新鮮で、心配だった。そう、そんな頃だった。ペアを組んで実技を行う授業があったのだ。ペアがおらず右往左往する彼女の姿がいたたまれず、私は声をかけた。しかし、なんと言っても初対面だ。途端に沈黙が訪れてしまう。なんとか場を繋げようと思いつく限りの話題を振るが当然弾むわけもなく。
今思えば、こういう見え透いた同情が彼女を苦しめていたんだろう。
かわいそう、と無意識に見下していた私に、きっと彼女は気づいていた。今思えば、自分の心より他人の心を理解しようとしていた。自分のことすら理解していないのに、他人の心なんて最初から何もわかっちゃいなかった。
ああ、私は中途半端だったんだ。
劣等感を感じていること、確かにそれは私達の間での繋がりだった。でも、所詮は他人。立場も違えば感じ方も違う。そんな必要な壁を踏みにじって、同情という繋がりを求めてしまって。やっと、やっと自分の愚かさに気づいた。彼女に謝りたい。でも、彼女はもう私に背を向けた。そして、2度と目を合わせてくれることはないだろう。今無理やり振り向かせたって、また彼女を惨めにさせるだけなんだと分かる。こんなの言い訳に過ぎないが、誰も同情しようと思ってする訳じゃない。理解と理想が噛み合わず、中途半端になって同情に行き着く。混ざった色は原色に戻らない。この気持ち悪く濁った色から、目を逸らしたい。でも、きっとあの時の彼女の冷え切った目線が許さないだろう。
「鋭い眼差し」
君と初めて会った日、その鋭い眼差しに恋をした。
こちらを見定めるような真っ黒な瞳や、真っ白で柔らかい手。心臓が速くなり、この上ないぐらい緊張しているのが自分でもわかる。勇気を出して声をかけたが、逃げられてしまった。俺は身長が高い方だからか、威圧感があったのだろうか。
後日同じ場所を通ると、また君の姿を見つけた。思わず駆け寄ると、またお前か、とでも言うような君の視線が刺さった。めげずに必死にアプローチすると、こちらを向いて話してくれた。それが嬉しくて、家に帰っては思い出した。
それから3年経ち、俺たちは同棲生活を送っている。最初は離れた場所で寝ていたが今は一緒の布団で寝ている。さらに、名前を呼ぶと返事をしてくれたりと幸せいっぱいだ。一緒にいられる時間は長くないが、最近は君のために色々工夫しているところだ。この前ネットで買った猫草がお気に入りのようで、こっちを見ようともせず
ずっと食べている。少し寂しいが、そんなところが好きで好きで仕方がないのだ。
「子供のように」
社会に飛び込んでから3年。薄っぺらい人間関係、縮まらない同僚との距離に嫌気がさしてしまった私は心の病を患って治療中だ。
そっと目を閉じて学生の頃を思い出すと、体育祭に文化祭、合唱祭などの楽しかった事が脳裏に浮かぶ。何事にも全力になっていた日々が懐かしく、もう一度子供に戻りたいと思ってしまう。
そんな物思いに耽りながら目を開くと、しんと静まった部屋にゴミが溜まっていた。もう全部片付けて、捨ててしまおう。そう決心して片付けているうちに、部屋の隅にダンボールが置かれているのに気づく。差出人を見ると、母の名前が記されていた。
毒親、親ガチャだとか言われる時代でも母はどっしりと強く、友達のように気楽に話せる存在だった。そんな母からの仕送りもろくに見られていなかった罪悪感に苛まれつつ、ダンボールにカッターを入れて開く。一枚の手紙ともに、お米や栄養のあるパウチなどがたっぷりと敷き詰められていた。
手紙を読み始めるとともに、涙が溢れてきた。私を気遣い、心配してくれる母の文字。最近は、電話もできていなかったな。この優しさを放っておいた自分が情けなくて、どうしようもなく母に会いたくなった。子供のように泣きながら、母の電話番号を入力した。
母は昔と変わらず、軽い口調でもしもし、と答えた。仕事のことや今まで辛かった事を話していると、さっき鎮めたはずの涙がまた溢れてくる。そんな私を急かすことなく話を聞いてくれた母は戻っておいで、と言ってくれた。泣きじゃくりながら答えて、私は荷物をまとめた。
「カーテン」
一日の始まりにカーテンを開ける。
目を開けて飛び込むのは、1人しか寝ていないダブルベッ
ド。光の差し込まない暗い部屋。分厚いカーテンを眺めながら、眠たそうに私を起こす声を思い出す。
ベッドに張り付いた身体を起こしても、あの可愛らしい寝癖はもう見えない。立ち上がり、あなたがいつも開けてくれたカーテンに手を伸ばすと、淡い色に染まる空が目に入って思わず目を細める。
生ぬるい光を浴びながら、あなたが毎朝掛けてくれた言葉を呟いた。
涙が嫌いだ。誰かが一粒涙を溢せば、他人の冷たい視線はこちらに集まる。逆に私が涙でも流せば、降り注ぐ視線、陰口の雨。そんなものに怯えている私は、弱くて崩れてしまう砂でできた城のようで、思わず乾いた笑いが出てしまう。涙は嫌いなのに、脆い自分が悔しくて涙が零れそうになる。それでも必死に堪えてしまうのは、涙のせいで私が作った砂上の楼閣が崩れるような気がするから。