【泡】
お題:君に会いたくて
人魚姫は好きな人を思って泡になった。王子様は好きな人を間違えたまま生き続ける。どっちが幸せなんだろう。人魚姫は泡になる時どう思ったのか。王子様は好きな相手が違う人だと気がついた時どんな感情を抱くのだろう。わからない。浮かんでは消える答えのない疑問。好きも嫌いもよくわからない。
学校では王子様と呼ばれるイケメンがいる。紳士的で物腰柔らか、成績優秀、内面も良ければ外見も最高級に良いという完璧な男の子。みんなその王子様に夢中だけど私はよくわからない。顔がいいとか、頭がいいとか、そういうのが夢中になる判断基準になるのか。王子様のことをよく知らないからどうとも思ってないが正しいかもしれない。
「ハンカチ落としたよ」
優しい声でそう言われた。パッと振り返れば王子様がいた。
「…ありがとう」
ハンカチを受け取ってそのまま昇降口へ歩き始める。後ろにいる王子様がその大きな目を落としそうなほど見開いていたことには気づかないまま私は家に帰った。
初めて「王子様」と話したけどやっぱりみんなが夢中になる理由がわからなかった。あの王子様よりもあの子の方がよっぽどかっこいい。ふと頭に浮かんだ想いに私は自分でもびっくりしてしまった。いつも俯いているおかっぱ頭の男の子。花に水をあげていたり、掃除を丁寧にしていたり、そういう細かいところをしっかりやっているあの子の方がかっこいいとそう思ってしまった。自覚してしまった感情に顔を真っ赤にしながら考える。あの子と話がしたい。あの子のことが知りたい。初めて知る感情に戸惑いを隠せないまま眠りについた。
朝太陽の光と一緒に起き上がる。今日はあの子に話しかけよう。そう決めて家を出た。後少しで学校というところで声をかけられた。
「おはよう、話があるんだけど少しいいかな」
昨日も聞いた優しい声に振り向くと王子様がいた。溢れんばかりの笑顔でとろりチョコレートが溶けたような目を向けてくる。
「なんでしょう」
あの子に話しかけたい私は気もそぞろに返事をした。
「ずっと会いたかった、僕は君を探していたんだ」
急に言われた言葉が理解できずフリーズする。頭の中で反芻するうちに、この王子様は誰かと私を勘違いしていることに気づいた。それこそ人魚姫に出てくる王子のように。
「私は、私のせいで泡になる人魚姫を作りたくないし、人魚姫になる気もないんだ」
考えるよりも先に出た言葉。王子様はぽかんという言葉がぴったりな顔をして、その後クスッと笑った。それを気にせず私は続けた。
「きっとあなたが探しているのは私じゃない別の誰かだよ。私には私の王子様がいるから」
真剣な気持ちで言った私をよそに王子様はついに大笑いをし始めた。
「ごめんね、急に笑って。あまりにも真剣な顔をしてロマンチックなことを言うから」
まだ笑いながらそう言った。
「確かに僕のお姫様は君じゃないみたいだ。昨日の君の態度が初めてあった彼女にあまりにも似ていたから」
昔を懐かしむかのように遠い目をしながら王子様は微笑んだ。その笑顔はまるで絵画のように美しかった。
「行かなきゃ行けないところがあるから、バイバイ。お姫様探し頑張って」
そう言い残して私は走り出した。あぁ、早くあの子に会いたい!
【愛してる】
お題:さよならは言わないで
「私、あと少ししかここにいられないの」
遠い遠い昔の記憶がふと頭をよぎった。いつだったか、仲良くしてくれていた子が引っ越すことを教えてくれた日だった。あの日は、茹だるような暑さの中公園で遊んでいたら急に、そう言われた気がする。大好きだったその子と離れるのが嫌で大泣きしてその子を勢いのまま罵ってしまった。次の日から顔を合わせづらくて喧嘩別れのままもう会えなくなってしまった。そんなことを急に思い出したのは、今その子がニュースで取り上げられているからだろうか。僕が住んでいる街に来ようとしてる途中に事故に遭ったらしい。電車の事故だ。死者はその子だけではなくたくさんいるようだ。その子がなぜこの街に来ようとしていたのかはわからない。けど。けど何故だか謝りたくなった。ごめんなさい。大好きでした。
【晴天】
お題:柔らかい雨
「私ね、魔法が使えるの」
二人だけの秘密よと微笑んだ女の子に僕はなんて返したのかもう思い出せない。
魔法が使えると言った女の子は周りから好かれていて、いわゆる人気者だった。それに対して僕は友達と言えるような人はいなくていつもひとりぼっちだったらしい。らしいというのももう随分と昔のことで記憶がないからだ。じゃあなんでそんなことがあったのかわかるかといえば日記が出てきたから。自分が小学生の頃に書いてた日記だ。その日記によれば友達のいない僕が一人で公園にいたらその女の子が仲良くしてくれたというものだった。
魔法を見せてもらったとかいてあったがその魔法については詳しく書いておらずただただすごかったと。その日記には自分が描いたと思われる絵がついていて雨の中笑顔でいる女の子と男の子がいた。雨が降っていたのに公園に行くのだろうか。そんな疑問をふと抱いた。幸い日付が書いてあったからスマホで天気を調べた。天気は晴れ。雲ひとつない晴天だったらしい。もしかしたら、雨を降らすという魔法を見せてもらったのだろうか。一人でいた僕を笑顔にしてくれたのはあの女の子の気持ちがこもった柔らかい雨だったのかもしれない。
【習慣】
お題:眠りにつく前に
ベットに入る前に香水をかける。爽やかなライムの香りがするオードパルファム。私の好きな人がつけていた香水。夢で会えるように願いを込めていつもベットにかけるけど出て来てくれたことは一度もない。もう会えないのだから夢にくらい出て来てくれてもいいのにね。
【夢物語】
お題:理想郷
ここはあなたの望みがなんでも叶う場所。大金持ちになりたい、好きな人と相思相愛になりたい、テストでいい点を取りたい、大きな願いから小さな願いまでなんでも叶います。そんな誘い文句の睡眠屋というお店がある。その店は名前の通りお客さんとして来た人を眠らせる場所だ。ただ眠らせるだけでなく、望む夢を見られるという。それがほんとかどうかは知らないが大層人気で、なかなか予約も取れないらしい。
パチリ、目が覚めた感覚がした。けれど見たことのない景色が目前に広がっている。淡い緑をした芝生に青やピンク、黄色など様々な花が広がっている。ネモフィラ、コスモス、パンジー、キキョウと咲く季節がバラバラなものが一緒に咲いているのも気になった。もっと近くで見ようとした時遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえた、気がした。数秒後、近くから声が聞こえた。振り向くと大好きなあの子はそこにはいた。
私に笑いかけてくるあの子にすぐそばにあったナイフを突き刺す。こんなのあの子じゃない。血を流すはずのあの子はサラサラと最初からいなかったかのように消えていった。最初からあった違和感はもう確信に変わっていた。ここは夢の中。私はあの子に嫌われているから、私に笑いかけてくることなんてない。手に持っていたナイフで自分の首を切る。
ハッとして夢から目が覚めた。首を切った感覚がまだ残っている気がする。なんてひどい悪夢だったのだろう。まるでユートピア。いや、ただの夢物語だったのかもしれない。