→短編・何でも言える仲良し家族☆
どうも家がうるさい。ガチャガチャ、バタバタ。目が覚めて隣のベッドを見るも夫も息子もいない。スマホで時間を確認すると、まだ7時前だ。
トタトタトタ……廊下を歩く息子の足音。寝室のドアがそーっと開かれる。この雰囲気は寝てたほうがいい系かな?
部屋に入らず扉から顔を覗かせる息子は、息を殺して真剣そのものだ。私の気配を探っている。私はとっさに目を閉じた。やはり正解だったようで、彼は再び静に扉を閉めた。
そういうことができるようになったんだな。イヤイヤ期(歩いている途中で靴のマジックテープが嫌だとギャン泣き)を乗り越え、なぜなぜ期(明日はどこから来るのか?と哲学的なのか、SF 的なのか判らん質問)を通り抜け、彼は成長してゆく。5歳の今も一瞬で終わるんだろうな。
扉の向こうで声がする。
「大丈夫やで。お母さん、まだ寝てる」と息子。
「お母さんの目が覚めるまでに、やりきらなあかんで」と答える夫。
声を潜めているものの、二人の声はどこか浮足立っている。
どうやら何か企んでいるようだが心当たりがない、―わけではないのだが……うーん?
再びバタバタする音。洗濯機の終了音。寝室前だけは静かにしようと心がけているも、その他での音は気にしない。笑い声や話し声が聞こえてくる。まったくツメの甘い二人だ。
「……あれ?」
耳をそばだてているあいだに眠ってしまったらしい。大騒ぎは収まり、静かになっている。起きてもいいのかなと思っていると、トントンとドアが叩かれた。
「もう朝やで、起きや」
顔も見せずに声だけで去ってゆく息子。うん、私に言い方がそっくり。
まぁそれにしても、彼の声の嬉しそうなこと! さぁ、何が起こるかな?
「えっ? これ……」
リビングに入ると、天井からは紙の輪飾りが、壁には色紙が飾られていた。
「「お母さん、お誕生日おめでとう!!」」
声を合わせる二人の向こうの窓にHAPPY BIRTHDAYの文字が貼られていた。
「すっごーい! お誕生日会の用意してくれたんや!!」
二人の優しさに声のトーンが上がった。
たとえ、部屋の隅に片付かないおもちゃが積み上げられていても。(ヒーローごっこで二人で遊んだあとが見える)
たとえ、ベランダに干された洗濯物の中、私のパンツが堂々とはためいていようとも。(マンションの高層階がもたらすギリギリの余裕)
たとえ、私の誕生日が……――
感慨にふける私の手を引いた息子が、ダイニングテーブルに引っ張って行く。
「サンドイッチ? フルーツサンドまであるやん! 唐揚げに、おにぎり?? 贅沢やなぁ」
「ケーキもあんねんで!!」と自慢げな息子。
「お前! それサプライズやから内緒やって言ったやん!」と夫。
目の端に浮かぶ涙を拭きながら私は笑った。夫と息子は照れたよう顔で目配せし合っている。あぁ、幸せだな。
二人の気遣いが本当に嬉しい。いっつも眠い眠い言ってるもんな。私を起こさないように頑張ってくれたんやね。
「ありがとう」
「くすぐったい〜」と肩をすぼめる。可愛いなぁ。
私は屈んで息子の頬にキスをした。いつまでこんなことをさせてくれるかな?
「ありがとう」
もちろん、夫にも。頬にキス。少し驚いた顔の夫。
だって顔を寄せたかってんもん。声を潜める。
「私の誕生日、来週やけどな」
夫の喉がヒュッと鳴った。顔が凍っている。
「ホンマにありがとう! 二人とも最高!」
私は夫の背中をバシンと叩いた。解凍、完了。来週になって気づくよりマシでしょ?
成し遂げたサプライズにご満悦の息子を盛り立てながら、私たちは食卓を囲んだ。
テーマ; 目が覚めるまでに
→短編・ほんのり怖い
ベッドの上は安全地帯。
シーツの中は私の領域。
はみ出さないようにシーツにくるまる。
耳なし芳一を教訓に、隠し忘れがないように、自分の一部が欠けちゃわないように、慎重に慎重に自分を包む。
そんな子ども時代の恐怖防壁を思い出す。
病院の夜。
静かなようで何処からか音が聞こえる。
暗いようで明るい。ホテルとは違う匂い。
初めての入院。
慣れない雰囲気。
何があるわけでもないんだけど……―って! いやいやいや、6人部屋なのに、何故に私一人の摩訶不思議。
間仕切りカーテン、閉めても開けてもなんか怖い。空のベッド5台vs 私のベッドっていう、圧倒的ボッチ感。
映画館で一人だったら、金持ちシアター気分だけどさ。
これは、ムリ。
余計な恐怖がヒタヒタすり寄ってくる。
あぁぁ、あと二夜。ここで過ごすのかぁ。
シーツ丸かぶりで、乗り切れ、私!
テーマ; 病室
→眠れない君と、夜を爪弾く。
(タイトル変更 '24.8.2)
明日、もし晴れたら、
どこに行こうか?
珈琲の美味しいあのカフェにオムライスを食べに行こうか?
骨董通りの新しい雑貨屋さんを覗くのはどうかな?
そうだね、動物園にフラミンゴを見に行くのも楽しいね。
テレビで観た灯台を 訪れるのもいいね。行ってみたいって言ってたよね? 海風、潮の香り、浜辺で焼きそば!
あ、笑ったな。海の家の焼きそば、あそこで食べるから美味しいんだよ?
んー、近所の公園に鳥の声を聞きに行ってみる?
え? 今はセミの声ばかりだって? そんなことを言わずに目を閉じて、 どんな鳥の声が聞こえるか想像してみてよ。
名前なんて知らなくてもいいから。
何か聞こえてきた?
邪魔になるといけないから、少し静かにしてるね。
どう?
…
……
………
おやすみ、
良い夢を。
テーマ; 明日、もし晴れたら
→クダを巻く。
咄嗟の親切に対して「ありがとう」ではなく、
「すいません」と言ってしまうくらい、
会話に機転が利かない。
昔から人付き合いが苦手。
だから、一人でいたい。
そんなことを嘯くも
独りになる勇気はなくて。
だから、一人で異体、と、
小さな孤立を心の中に唱えてみる。
そこに根拠も確証もない。
自分を何となく納得させるボヤキでしかない。
真冬に炬燵でアイスを食べるような
ぬるい自己欺瞞だ。
テーマ; だから、1人でいたい。
→短編・命名「澄田太郎」
家を出る前に、ロボット掃除機のCLEAN ボタンを押す。動き出す円盤掃除機。これでOK。帰宅後は掃除が終わってる。こまめな掃除が苦手な私には最適な掃除機だ。
私はご機嫌に家を出た。
気楽な居酒屋に久しぶりの友人たち4人と集まる。
「なんか最近いいことあった~?」
近況報告も一通り終わり、友人の一人が何かしらの会話のネタを探してそんな質問を投げかけてきた。
おっ、ちょうどいい。ちょっと自慢しよう!
「ボーナスでロボット掃除機買ったー」
早速質問が飛んでくる
「名前付けんの? ペットっぽい扱いしてる人いるっていうじゃん?」
「あー、掃除機認定しちゃってるからなぁ。たぶん付けないかな」
「端っことか掃除できてる?」
「自分で掃除してた時よりも家がキレイ」
「いろんな種類あるよね?」
「これこれ」と私はスマホに、家にあるのと同じ丸いフォルムの掃除機をピンチアウトする。
4人で顔を寄せ集めたところに、友人ののんびりした声が落っこちた。
「澄んだ瞳の1つ目太郎くんかぁ」
確かに大きな瞳に見えないことはない、けど……。
「『1つ目』はともかく、その修飾語は無理くない?」と誰かが笑う。
「ひたすら掃除に励む健気さの具象化」と切り返す友人。
そんな話がいつまでも続くはずもなく、ロボット掃除機の話題は流れていった。
家に帰って電気をつける。暗い部屋が明るくなる。足元のロボット掃除機の前に座る。
やっぱり1つ目には見えない。でも、少し大きめのCLEANボタンを真ん中に一回り小さなボタンが左右に並ぶその様子は……。あぁ、ダメだ。ヤツの話のせいで、顔のように見えてきた。しかもカラーは白なので、もう……、これは……「エイにしか見えないよぉぉ」
クソぉ~、急に可愛さが増してきた。
「改めて、今日からよろしく。澄田太郎」
こうして私の生活は、ロボット掃除機、もとい澄田太郎とのふたり暮らしになった。
テーマ; 澄んだ瞳