一尾(いっぽ)

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→短編・命名「澄田太郎」

 家を出る前に、ロボット掃除機のCLEAN ボタンを押す。動き出す円盤掃除機。これでOK。帰宅後は掃除が終わってる。こまめな掃除が苦手な私には最適な掃除機だ。
 私はご機嫌に家を出た。

 気楽な居酒屋に久しぶりの友人たち4人と集まる。
「なんか最近いいことあった~?」
 近況報告も一通り終わり、友人の一人が何かしらの会話のネタを探してそんな質問を投げかけてきた。
 おっ、ちょうどいい。ちょっと自慢しよう!
「ボーナスでロボット掃除機買ったー」
 早速質問が飛んでくる
「名前付けんの? ペットっぽい扱いしてる人いるっていうじゃん?」
「あー、掃除機認定しちゃってるからなぁ。たぶん付けないかな」
「端っことか掃除できてる?」
「自分で掃除してた時よりも家がキレイ」
「いろんな種類あるよね?」
「これこれ」と私はスマホに、家にあるのと同じ丸いフォルムの掃除機をピンチアウトする。
 4人で顔を寄せ集めたところに、友人ののんびりした声が落っこちた。
「澄んだ瞳の1つ目太郎くんかぁ」
 確かに大きな瞳に見えないことはない、けど……。
「『1つ目』はともかく、その修飾語は無理くない?」と誰かが笑う。
「ひたすら掃除に励む健気さの具象化」と切り返す友人。
 そんな話がいつまでも続くはずもなく、ロボット掃除機の話題は流れていった。

 家に帰って電気をつける。暗い部屋が明るくなる。足元のロボット掃除機の前に座る。
 やっぱり1つ目には見えない。でも、少し大きめのCLEANボタンを真ん中に一回り小さなボタンが左右に並ぶその様子は……。あぁ、ダメだ。ヤツの話のせいで、顔のように見えてきた。しかもカラーは白なので、もう……、これは……「エイにしか見えないよぉぉ」
 クソぉ~、急に可愛さが増してきた。
「改めて、今日からよろしく。澄田太郎」
 こうして私の生活は、ロボット掃除機、もとい澄田太郎とのふたり暮らしになった。

テーマ; 澄んだ瞳

7/30/2024, 3:39:28 PM