叶わぬ夢
「貴女って主体性がないわよね」
先輩に言われたこの言葉に衝撃を受けた
習い事、進学、就職 全てを母親の決めた物や場所にして、母親の望む結果を出してきた
母親の望むものの中には私の気持ちは一切 入っていなかった
全て「お母さん」が主体で「私」は一切いない
「そう…です…ね…」
なんと答えていいか解らず、そう返す
「貴女は立派な社会人よ
全て親の望むことをしなければ生きていけない子供じゃないの
もう…いい加減、親離れしなさい…」
ぽんぽんと優しく頭を撫でられ、涙が止まらなくなった
小さな子供の様に声を上げて泣いた
何で涙が出るのか、どうやったら涙は止まるのか
何もかもわからない
そんな私を先輩は優しく抱き締めて「大丈夫よ」と言い続けてくれた
「先輩、私…
叶わぬ夢と切り捨てた道に進みたいです…」
目を見てそう言うと先輩は慈愛に満ちた笑みを浮かべて「応援してる」と言ってくれた
「叶わない」と諦めた事は数え切れないほどある
時間はかかるかもしれない
それでも私の気持ちを大事に育てていきたい
そう思えたできごとだった
ーーーーーー
大好き
「大好きだよ!」
「はいはい、ありがとな」
そう言って私の頭をぽんぽんと叩く
幾度となく伝えてきた私の気持ち
一体いつになったら相手に正しく届くのだろう?
ーーーーー
どこ?
「あれ取ってー」
「どこ?」
「その辺!」
「はい」
「ありがとう!」
こんな主語のない会話が成り立つ人は数少ないだろう
その証拠に『熟年夫婦か!www』と友人達には笑われる
君を探して
君を探して街を走り回る
息が切れても雨が降っても走り回り、君を探す
息苦しくて立ち止まり、曲げた膝に両手を付いて何度も深呼吸をする
何度 深呼吸をしてもバクバクと早くなった心臓も息苦しさも治まらない
(こんなに体力がないとは思わなかった…)
通勤以外の運動という運動をしていなかったツケがこんな所で露見するとは思わなかった
何とか落ち着いた呼吸と心臓にふぅ、と大きく息を吐き出す
「何処行ったんだ…!」
また君を探すのに街を走り回る
一体 君は何処に行ったんだ…
嗚呼
図書館で課題を進めていると後ろから「あ」と女性の声が聞こえ、思わず振り返った
振り返った先には笑顔で手を振る美人がいた
(誰だ?
というか誰に手を振ってるんだ?)
頭に疑問符しか浮かばない俺に気が付いた彼女は、怒ったように俺に向かってつかつかと歩いてくる
「もう、なんで気が付かないのよ」
腰に手を当てて頬をぷくっと膨らませる彼女の仕草は俺の初恋の人を想起させる
「さっちゃん…」
思わず零れ出た名前に彼女はニコッと笑った
彼女の笑顔は俺が恋焦がれた女性の笑顔そのままだった
(嗚呼、好きだ… )
心の奥底にしまい込んで気が付かない振りをしていた気持ちに気が付いてしまった
ーーーー
願いが1つ叶うならば
願いが叶うならば代償に何を差し出してもいい
そう思えるほど叶えたい願いが1つだけある
それは…
「ママー!!」
遠くから手を振りながら満面の笑顔で走ってくる娘
愛しくて堪らない彼女を抱き締めようと広げた腕を閉じた
その時、そこにあるはずの温かみは霧のように消えた
その代わりにとでも言うように目の前に広がる赤い海と小さな掌
「いやぁーーーーーーー!!!!」
泣き叫び、目が覚めた
バクバクと早鐘を打つ心臓と真逆で身体は芯まで冷えている
どれだけ時が経とうとあの瞬間を忘れる事は出来ないんだと嫌でも理解させられる
大きく深呼吸を繰り返し、何とか落ち着けようと努力していると温かい何かが私を包み込んだ
「大丈夫だから」
隣で寝ていた夫が抱き締めてくれたのだと解ると彼に身体を預ける
自然と彼の胸に耳が当たり、とくとくと一定に刻まれる心音に安心感を抱く
「寝ようか」
「そうね…」
私が落ち着いたのがわかると優しく声をかけてくれ、一緒に布団に入る
「悪夢を見ませんように」と願いながら目を閉じる
交通事故で亡くなった愛娘を返して欲しい
それが私が願うただ1つの願い
ひらり
満開の花が咲きほこる梅の木
赤、白、ピンク、色とりどりの梅の花を眺めながら散策を楽しんでいるとひらりと花弁が1枚 舞い落ちた
「儚いけど綺麗だな…」
目を細め、思わず呟いたら「私もそう思うわ」と柔らかい声が後ろから聞こえた
驚いて振り返ると柔和に笑う女性が立っていた
「えっと…」
どうしていいかわからなくて言葉に詰まっていると女性は「ごめんなさいね、思わず返事をしてしまったわ」と口元に片手を持ってきてふふふと笑った
「散策ですか?」
「えぇ、梅のいい香りがしたから誘われて」
「そうなんですね」と答え、女性の隣に並んで花を見上げる
その後は何の会話もなかったが、女性の隣は居心地がよかった
一輪の花
「好きです!
同じ気持ちなら受け取ってください!」
そう言って差し出された手には一輪の花が握られていた
その花は君と出会った時に私が「好きだ」と言った花だった
「ありがとう」
感謝の言葉を伝えてその花を受け取る
彼はほっとしたように1度 息を吐くと綻ぶ笑顔を見せてくれた
「これがお母さんとお父さんの馴れ初めよ」
「ふーん」
自分で聞いておいてもの凄くどうでもいいというような息子の返答に夫と苦笑いする
家族3人、いやもうすぐ5人になるこの家には1番 目につく所に花瓶を置いている
そこに生けてある花はもちろんあの花だ