嗚呼
図書館で課題を進めていると後ろから「あ」と女性の声が聞こえ、思わず振り返った
振り返った先には笑顔で手を振る美人がいた
(誰だ?
というか誰に手を振ってるんだ?)
頭に疑問符しか浮かばない俺に気が付いた彼女は、怒ったように俺に向かってつかつかと歩いてくる
「もう、なんで気が付かないのよ」
腰に手を当てて頬をぷくっと膨らませる彼女の仕草は俺の初恋の人を想起させる
「さっちゃん…」
思わず零れ出た名前に彼女はニコッと笑った
彼女の笑顔は俺が恋焦がれた女性の笑顔そのままだった
(嗚呼、好きだ… )
心の奥底にしまい込んで気が付かない振りをしていた気持ちに気が付いてしまった
ーーーー
願いが1つ叶うならば
願いが叶うならば代償に何を差し出してもいい
そう思えるほど叶えたい願いが1つだけある
それは…
「ママー!!」
遠くから手を振りながら満面の笑顔で走ってくる娘
愛しくて堪らない彼女を抱き締めようと広げた腕を閉じた
その時、そこにあるはずの温かみは霧のように消えた
その代わりにとでも言うように目の前に広がる赤い海と小さな掌
「いやぁーーーーーーー!!!!」
泣き叫び、目が覚めた
バクバクと早鐘を打つ心臓と真逆で身体は芯まで冷えている
どれだけ時が経とうとあの瞬間を忘れる事は出来ないんだと嫌でも理解させられる
大きく深呼吸を繰り返し、何とか落ち着けようと努力していると温かい何かが私を包み込んだ
「大丈夫だから」
隣で寝ていた夫が抱き締めてくれたのだと解ると彼に身体を預ける
自然と彼の胸に耳が当たり、とくとくと一定に刻まれる心音に安心感を抱く
「寝ようか」
「そうね…」
私が落ち着いたのがわかると優しく声をかけてくれ、一緒に布団に入る
「悪夢を見ませんように」と願いながら目を閉じる
交通事故で亡くなった愛娘を返して欲しい
それが私が願うただ1つの願い
3/11/2025, 6:38:45 AM