脳裏
何かを新しく始める時に必ず脳裏によぎる言葉がある
それは『お前には出来ない』だ
呪いの様なこの言葉から開放される時は一体いつなんだろう
眠りにつく前に 永遠に
「愛してる…」
唯斗が永遠の眠りにつく前、掠れた声で言ってくれた言葉に「私も…」と答えるので精一杯だった
彼は私の答えを聞くと安心したように目を閉じ、20年という永遠に長くも短い人生に終止符を打った
葬式も終わり、火葬場で煙が空に登る様子を眺めていると近付いてくる人の気配を感じて振り返るとそこには幼馴染みがいた
「俺はお前を泣かせたあいつを許さない」
「また喧嘩でもするの?」
煙が登る空に向かって宣言する旬を揶揄うように言う
「おう!
今度は負けないからな!」
至極真っ当な顔で言うに思わず吹き出してしまった
「やっと笑ったな…」
微笑む彼にはっとした
唯斗が亡くなってから笑っていなかったことを旬に言われるまで気が付かなかったことに
「これで唯斗も安心するだろ」
「そうだね」
煙が登る空を旬と並んで見上げる
紅茶の香り
「今日も疲れた…」
夜勤明けで疲れ切った身体にムチを打ち、退勤を押した
「お疲れ様です
お先に失礼します」
「お疲れ様ー」
近場にいた同僚に声を掛け、フロアを後にする
さっさと着替えると職場から外に出る
「眩しっ!」
お昼近くな事もあって陽の光がいつもより眩しく感じる
職場の最寄り駅に着く頃には眠気もどっかに行ってしまった
(ちょっと遊んで帰るか…)
ウィンドーショッピングを楽しんでいると夕方になっていた
帰る前に行きつけの紅茶専門店に行く
お店のドアを開けた瞬間に紅茶の香りが鼻腔を擽る
思わずほっとため息をついてしまった
「いらっしゃいませ」
白いシャツに黒のベスト、黒のパンツに黒ネクタイをしたウェイターが出迎えてくれる
ウェイターに案内されるまま席に着くと予め決めていたメニューを伝える
「かしこまりました」
一礼して去って行くウェイター
(相変わらずかっこいいなー)
男女関係なく綺麗な動作で仕事する姿は見惚れてしまう
いつまでも見つめる訳にもいかず、視線を逸らすと心地いいクラシックのBGMが眠気を誘う
うとうととしていると商品を持ったウェイターに「失礼します」と声をかけられる
はっと目が覚め、ウェイターの顔を見るとそこには顔見知りの男性がいた
私と目が合うとニコッと微笑んでくれた
誰であれ寝顔(完全には寝ていないが)を見られ、恥ずかしくなる
「今日は1段とお疲れのようですね」
「夜勤明けで眠くて…」
恥ずかしくなりつつ答えるとウェイターは「では、いつもより甘めにいたしますか?」と優しく聞いてくれた
それに「お願いします」と答えると流れる動作で砂糖を入れ、混ぜてくれた
「ごゆっくりどうぞ」
それだけ言うと彼は持ち場に戻って行った
(相変わらずイケメンだ…)
そんな事を思いつつ用意してくれたティーカップに口を付ける
ほのかに甘くて落ち着く味だ
ゆっくり紅茶を楽しむと身体も心も温まり、また眠気に襲われる
こっくりこっくりと舟をこいでいると優しい手つきで壁に寄りかかるよう誘導され、壁に寄りかかると「おやすみなさい」と言われた様な気がした所で意識が途切れた
大好きな紅茶の香りと耳心地のいいBGMに包まれて見る夢はきっと幸せな夢だろう
どこまでも続く青い空
サザ…
海辺で波の音を聞きながらぼーと海を見つめる
どこまでも続く青い海と空
いつまで見ていても飽きがこない
高く高く
一軒家の前、1台の軽自動車がようやく停められるような広さしかない駐車場で1人 シャボン玉を楽しんでいた
強くも弱くもない風が吹く夕暮れの空に自分が吹いて作ったシャボン玉が浮かんでいく
浮かんで屋根を超える前に弾けて消える姿を見て「なんて儚いんだろう…」と思ってしまう
(高く…高く高く浮かんで…)
そんな気持ちを込めて息を吹く
私の気持ちを汲んだのか、上手く風に乗ったのかシャボン玉は屋根を超えた
(今度はもっと高く飛んで)