「見て、綺麗な貝殻!」
帽子の下に弾けるような笑顔を輝かせ、君は僕を振り向いた。
「持って帰ろうかな?!」
「いいんじゃない?」
裸足になった彼女に付き合って、僕も靴を脱いだ。靴下を靴に丸めて突っ込んで、彼女と同じように視線を下に向ける。
目が慣れるにつれて、白く大きい貝殻がたくさん浜辺に落ちていることが見えてくる。
「これ、みんな欲しがるよね!お土産にしようか?!」
「ああ…。」
それはどうかな。と僕は思った。都会の狭い箱に押し込められた現代人は、大量の貝殻をかざるスペースなんて、持ってないだろう。
僕は、言葉を濁したまま、サクサクと音を立てて、乾いた浜辺を歩いた。
そのとき、見慣れない材質の丸い石が足に当たった。かすかな透明感がある、薄緑の石だ。いや、もしかしたら、ガラスが摩耗したものかもしれない。
僕はかがみこんで、石を手に取り、太陽に透かした。よく見ると、その石には、見慣れない文字が刻印されている。
「これ、何語だろう?」
僕の声に、君は足を砂まみれにしながら、こちらに歩いてきた。手には、たくさんの白い貝殻を抱えたままだ。
しかし次の瞬間、彼女は手にした貝殻を放り投げた。そして、僕の手から石を奪い取ると、小さく叫んだ。
「これ…。神代文字じゃない?」
「神代文字?!」
【貝殻】
俺は、なかなか開けないLINEアプリをようやく起動させた。
赤いバッジが、君からのコメントが2件あることを表している。
勢いで告白してしまったけど、返事を聞く勇気はなくて、逃げるようにその場を離れてしまった。
LINEをあけるのが怖い。
【開けないLINE】
僕は思わず、涙を流した。彼女との別れの傷が、まだ癒えていない。
何をしても、重いものが、身体の深く底に残っている。
罪悪感が、まだ僕を苦しめているのだ。
「不完全な僕を、どうか許してくれ…。」
そう思いながら、立ち去る君を窓から見下ろした日のことを思い出す。
恨まれても仕方がない。
【不完全な僕】
信号待ちをする僕の目の前を、若い女性が軽やかに通り過ぎていく。
仕事中なのだろう、きれいなオフィスカジュアルに、ヒールの靴を履いている。
その時、ふわっとした風が、僕と彼女の間を吹き抜けた。
「これは…。」
僕は思わずハッとした。この香りは、ゆいがつけていた香水の匂いだ。
僕の頭は、あっという間に2人で過ごした日々にタイムスリップした。
【香水】
「ごめん。俺、勘違いしてた。…本当に大事なものは形じゃないって…。そのことを、分かってなかった。」
「言葉はいらない。ただ…。」
彼女はつとそばに来ると、僕にキスをした。
そして、恥ずかしそうにうつむく。
こんな大胆なことをした癖に、と思うと急に彼女が愛おしくなった。
そんな彼女を僕は、衝動的に強く抱きしめた。
【言葉はいらない、ただ…】