「ごめん。俺、勘違いしてた。…本当に大事なものは形じゃないって…。そのことを、分かってなかった。」
「言葉はいらない。ただ…。」
彼女はつとそばに来ると、僕にキスをした。
そして、恥ずかしそうにうつむく。
こんな大胆なことをした癖に、と思うと急に彼女が愛おしくなった。
そんな彼女を僕は、衝動的に強く抱きしめた。
【言葉はいらない、ただ…】
「こっち空いてるよ!」
彼女に言われるまま、俺は東海道線のボックス席に座った。向かい合わせになると、どうしても膝がふれ合ってしまうのが、面はゆい。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は無邪気に駅弁の包みを広げた。
「え、いま食べるの?」
「だって、着いたらすぐに移動しないと、日没の時間に間に合わないよ?」
彼女は言うやいなや、駅弁の煮しめを美味しそうに頬張った。
「ああ…いやそうじゃなくて。ってか、さっき駅でお蕎麦食べたばっかりじゃなかった?!」
「そうだよ?」
悪びれず、ご飯を口に入れていく。
俺はこのとき、はたと気が付いた。よく考えると、彼女は昨日からずっと、1日5食のペースで食べているではないか。
最初は、てっきり無邪気な女の子を印象付けるためにやっているのかと思っていた。
しかし、そうではない。これは、彼女にとって当たり前のペースなのだ。
つまり、彼女は大食いチャンピオン並みの胃袋を持った女性ということだ。
俺は思わず、財布の残高を確認した。食費は、持つだろうか?!
【向かい合わせ】
「な…私はあんたなんて、何とも思ってないんだから!」
「そんなの…。好きっていう気持ちの裏返しだろ?お前、俺に惚れてるんじゃねえのか。」
彼は、私の手を取って壁に押し付けた。
【裏返し】
「じゃあ…さよなら。」
ゆいは、名残り惜しそうにつぶやくと、くるりと踵を返した。
「待てよ。」
俺は思わず、その手を取った。
「さよならを言う前に、することがあるだろ?」
俺は彼女の手を引き寄せ、額にキスをした。そして、彼女の瞳を見つめた。
【さよならを言う前に】
「今日こそ、本州に渡れるね!」
ゆいは言った。だが、俺は本気にしなかった。こんな空模様では、連絡船が出るはずがない。
そんな心配をよそに、彼女は荷造りを始めた。
「着替え、何日ぶんいるかな?コインランドリーがあるから、2日ぶんもあれば大丈夫か!」
「あ、ああ…。」
俺は半信半疑ながら、ゆいに合わせて仕方なく荷造りを始めた。こんな嵐が、急に止むことはあるのだろうか?
【空模様】