「こうなることは、最初から決まってた!」
俺は満面の笑みで呟いた。目の前の画面は、クラウドファンディングで集めた金額が1000万円をとうに超えたことを示している。
「どうよ、俺の才能は!」
有頂天になる俺の横で、ゆいはなんとも言えない表情をしている。
「なんだ、嬉しくないのか?!これで本殿を再建できるっていうのに!」
「真っ当な手段なら、そりゃ嬉しいけど…。」
ゆいはテーブルの上の柿ピーを手で探って、ピーナッツだけを食べながら呟いた。
「あなたの方法って、詐欺みたいなもんなんじゃないの?神さまは、それで喜ぶと思ってるの?」
「え…。」
俺は、虚を突かれた。
「だって、本殿がないと神さまは困るんだろう?」
ゆいは、ついに立ち上がった。手にしたピーナッツを一つひとつ口にしながら、部屋をぐるぐる回っている。
「神さまは、お社にはこだわらない…。こだわるのは人間のほう。それも、真心込めたものでないと、邪念が入って神さまの力が逆に弱まると思う。」
「神さまの力って…。お前マジで言ってんのか?」
ゆいは俺を向き直った。顔にはうっすらと笑みを浮かべている。
「マジよ。」
さらに、向こうを向いたゆいは言った。
「御神体の山の、石を無断で持ち帰ったあの男がどうなったか知らないの?」
「いや…。」
「あの男が石を持ち帰ろうとしたとき、まず車がパンクした。それでも修理して自宅まで運んだけど、そうしたら今度は塀にぶつけて車が大破した。それでも石を屋敷に置いたから…。その男が経営していた会社は倒産したのよ。」
「…。」
「その男の娘の縁談も、破談になった。そこでようやく、男は気付いた。御神体のせいだって。」
ゆいは俺を指差した。
「神さまを信じない者は、怒りにふれる。当たり前でしょ!」
「だって…。俺は神さまのために働いてるんだぞ?クラウドファンディングだって立ち上げて…。」
「それが問題なのよ。あなたがしたことは、単なる自己満足よ!」
【最初から決まってた】
「ああ、太陽だ…。やっと洞窟から出られた!」
俺は太陽のあまりの眩しさに目をシバシバさせた。
(そのとき、石室の中からかすかに鐘の音)
「聞こえた?!またさっきの鐘の音だよ!」
「うん…。」(不安そうに後ずさる)
「きっとこの鐘の音に、何かヒントがあるんだよ!俺行ってみるよ。」
(スマホのライトをつけて、暗がりのほうに一歩進む)
「待って!私も行く!」
(男に取りすがる)
【鐘の音】
「さて、どうやってこの窮地から脱するか…。(歩きながら)つまらないことでもいいから、言ってみてよ。」
「うーん…。(頬杖をついている)やっぱり神社の再建にはお金が必要なわけじゃない?真心だけでは建たないんだから。」
「そ、そりゃあそうだよ。」
「だったらさあ、いっそクラウドファンディングして、全国から寄付を集めたら?(立ち上がって)こんな山間部で、近所の人から寄付を募ってるだけじゃあ、絶対に1000万円なんて集まらないよ。」
「クラウドファンディング!聞いたことある!…でも、どうやってやるの?」
「呆れた、あんたそれでも大学出てるの?ちっとは勉強しなさい!」
【つまらないことでもいいから】
病室に、空調の乾いた音が響いていた。
かたわらには、新生児用の小さい小さいベッドが設置されている。
赤ちゃんは、眠っているのか身じろぎひとつしない。産まれたばかりの赤ん坊が、こんなに眠るものとは知らなかった。
私は四角い窓から真っ青な夏の空を見上げ、生まれて初めて味わう充足感に浸っていた。その後に続く、辛く険しい療育のことなどまったく知らないまま。
【病室】