月と見つめ合う幼子の、両目に浮かぶ皆既日食
覚醒した真夜中の照らす、ちいさな真昼
夜明けの微睡みは近い
「あなた、」
Jはそう言いかけて、止めた。
こんなことを他人に対して言うのはどうかと思ったからだ。
金の砂粒一つ一つにひどく熱がこもるこの真昼に、JはVのその日の話を聞いていた。
「それで、お前はなにか面白い話はないのか?」
耳にタコができるほどされてきた質問。
毎回毎回、面白い話とやらを考えて来ているつもりだが、いつも本当になにも浮かばない。
「ないわ」
そう言うとまたかとでも言うように目をぐるりと一周させてつまらん、とはっきり言う。
「お前も旅にでも出て色々知るべきだ」
これもやはりうんざりするほど言われてきた。
「私はここの薬師よ?」
辟易として前も言ったような言葉を返す。同じ毎日を繰り返しているかのような感覚。
変わらぬ日々を綴るような時間を過ごし、Vは家を去っていった。
暗く、広くなった部屋は少し涼しい。
いつもと変わらない一日は、まだ終わっていない。
真昼の日差しの刺激の記憶だけを残して夜を迎えた素肌のように、Jの感覚にはまだVが生きていた。
肺、いや、心臓か、そのあたりを風が吹き抜けていったような寂しさを覚え、Jはぼんやりと椅子に座る。
「やっぱり、」
「あなた、砂漠の真昼みたい」
誰もいない夜の空白に向かってJは言葉をこぼした。
こんなことを他人に対して言うのはどうかと思ったからだ。
その日、火花が命をうたったのだ。
水中の泡をかき分けて、水面に顔を出しめいいっぱいの息を吸う。
日差しを照り返し空を映す両目は生まれたときから星だった。
煌めく星がこちらを見て産声をあげる。
満天の星空、響く歌声。
鏡よ鏡よ、この世で最も醜いのはだぁれ。
顔から少しずつ身体を、水面を破り沈めていく。
可愛らしい制服はこの顔にはあまりにも合わなくて。
浴びてきた視線はこの顔で生きるにはあまりにも痛くて。
陽光を照り返す生温かい水面がどこよりも心地よく、
そして底の見えない黒い潮はどこよりも冷たく傷を癒やすように冷やしていった。
制服はあっという間に水を吸い込み、底へと引きずり込むように身体に重く掴みかかる。
生きることを思い出そうとする身体の中へと容赦なく入り込む海水は肺も胃も眼球も味わうように浸食していく。
一抹の後悔をこれでよかったのだという冷めた熱が飲み込んだ。__はじめから、こんな姿で生まれたときから手遅れだったのだ。
太陽の美すら自分とともに青く暗い底へと沈める海へともう一度問う。
鏡よ鏡よ、この世で最も醜いのはだぁれ。
そして、そんなものすら受け入れてくれるのはだぁれ。
朱い硝子玉に火を灯したような瞳をこちらに向けて、盗賊Vは口を開いた。
「どうだ、お前は何か面白い話はないのか」
ただ、そこにあるかどうかもわからない「面白い話」に興味を抱く彼女の瞳はどこまでも無駄と汚れを取り除いたかのようだった。