ピロン♪
ソファーに放置していたスマホが陽気な音を立てる。
メッセージが届いたようだ。
読みさしの本を置き、スマホを手に取る。
アプリを開くと、ズラリと並ぶアイコンの一つに通知バッジが付いている。
通知バッジの付いたアイコンをタップし
文面に軽く目を通す。
配送のご依頼だ。
物は小サイズの荷物。
中身は…秘密?
受取人は…あぁ、またあの人か。
文面の脇にあるアイコンを見て納得する。
お得意様だ。
荷物は、いつもの場所。
はいはい、回収します。
配達先…も、いつも通り。
はいはい、道のりは心得ておりますとも。
時間指定は…今夜中?
…。
まったく無茶ぶりをするのがお好きなご依頼主様だ。
もう少し猶予とか、余裕のある日程でお仕事をよこして欲しい。
ぶつぶつと文句を言いながら、クローゼットから制服を取り出し、身支度を整える。
次いで、重力を無視する寝癖にクシを通す。梳かしても梳かしても、ツンツンとハネていうことをきかない。
今日はオフだと思って完全に油断していた。
帽子被るからいっか。
そうは思いつつも気になってしまうのは、最早、性だ。
ワックスで無理やり髪を後ろに流し、鍔付き帽を被る。
流石は帽子。寝癖がわからなくなった。
鏡前でのチェックは合格ラインだ。
体裁は一応保たれるだろう。
ホッとしつつ。スマホを作業ポケットに突っ込み、クローゼットに保管していた安全靴に足を突っ込む。
さて、出勤だ。
クローゼット脇の黒い扉を開き、俺はいつもの場所へと向かった。
潮騒が響いている。
ここはいつも夜だ。
しかし、今日は空にかかる月が朧げで足元が見辛い。
砂に足を取られないよう慎重に進む。
手紙の主は、来ようと思えばここに来れる人だ。
それなのに、偶に横着して今日のように自分を使う。
お得意様とは言え、今度は仕事拒否しようか。
暫し真剣に悩み、フッと息を吐く。
断らない。いや、断れないな。
自分の仕事はただ荷物を運んでいるわけでない。
人と物、或いは、誰かと誰かの絆を繋げる仲介者として、沢山の思いを運んでいるのだから。
そんな仕事を自分は気に入っている。
だから、今日も真面目に
「お届けにあがりました。サインをいただけますか?」
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「あなたに届けたい」
2月14日。
バレンタイン当日。
通学で冷えた手を擦りながら教室の扉を開くと
「ウィーニードチョコレートォ」
下手くそな英語が教室中に響いた。
何事かと目を走らせると、クラスでもヤンチャな部類に入るクラスメイト複数が、女子のグループと駄弁っている。
どうやら先ほどのヘッタクソな英語は、女子グループにチョコレートを強請っていたものらしい。
そう理解した端から、テンションのあがった男子共によるウィーニードチョコレートの合唱が始まった。
多分俺は教室を間違えたのだ。そうだ、そうに違いない。
俺は教室に入らず、静かに扉をしめた。
廊下の教室プレートを見上げる。
1−8
残念ながら自分の教室だ。
おいおい、仮にも選抜クラスだぞ。
同級生がヘッタクソな英語で女子にチョコレートを強請っているとはどういう状況だ。
ズキズキと痛むこめかみを揉みつつ、いやいや扉を開ける。
騒いでいる男子達に近寄らないよう細心の注意を払い、気配を消しながら自分の席へと着く。鞄からスマホとワイヤレスイヤホンを取り出し、装着。
アプリをいじって爆音で音楽をかける。
面倒事には関わらない。
これが俺の処世術であり、この動物園のような状況を切り抜ける唯一の方法だ。
俺は爆音の音楽に身を委ねた。
放課後。
今日も今日とて、屋上で寛ぐ。
学校という場においてこの時間が一番気楽かもしれない。
今日は彼女も屋上にいる。
こうして会うのは久しぶりだ。
「そう言えば今日、あんたの教室からヘッタクソな英語もどきが聞こえてきたんだけど」
なにかあったの?
そう言って、彼女は冷ややかな目でコチラを見た。
冷めた目で俺を見ないで欲しい。
俺は無関係なのだから。
今朝の事を包み隠さず素直に話すと、彼女は苦笑を漏らした。
「まぁ、あの大合唱にあんたが交じってるとは思ってなかったけどね。バレンタインって、そんなに男子にとって意味あるものなの?」
「さあ?俺にはさっぱりわからん」
「あんたらしいわ」
「そうだろう」
「自慢気に言う意味がわからない」
彼女とのこういう気楽な会話は楽しい。
…ん?俺今なんて言った?
自分の言葉を思い出そうと頭をひねっていると、ラッピングされた箱が目の前に差し出された。
水色の包装紙に青のリボン。
手のひらより少し大きい箱。
ドキっと心臓が跳ねる。
コレは、もしかして…。
「あげないわよ」
彼女の素気ない言葉が俺を刺した。
グサリ。
刺された心が痛い。
「…じゃあ、何だよコレ」
「I love chocolate♪」
彼女は綺麗な発音で歌うように言うと、リボンをシュルリと解き、包装紙を取った。
パカリと箱を開くと美味しそうなチョコレートが並んでいる。
「一緒に食べましょ」
彼女は猫のような笑みを浮かべて、チョコレートを一粒口に頬張った。
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we need chocolate
「I love chocolate♪」
Are you going to Scarborough Fair?
スカボロー・フェアーに行くのかい?
Parsle, sage,rosemary and thyme
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
Remember me to one who lives there
そこに住んでるあの人によろしく伝えておくれ
She once was a true love of mine
彼女はかつて私の真実の恋人でした
古い歌を口ずさみながら街へ
Parsle, sage,rosemary and thyme
身を守る呪文も無効化し
古の森を越える
妖精に付き纏われても
Parsle, sage,rosemary and thyme
聞く耳を持たず
針を使わず縫い目もないシャツを片手に
街へ
愛おしい彼女へ会うために
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Parsle, sage,rosemary and thyme
街へ
特別な言葉はかけない。
代わりに
何があろうと
絶対君を見捨てはしない。
君と共に長い長い旅をし、
君が還っていくその日まで
君に寄り添い
君の言葉に耳を傾ける。
嬉しい時は、共に喜び
悲しい時は、共に悲しみを背負う
君から姿は見えなくても
いつも君を静かに見守る。
優しいからじゃない。
ただ、そう在りたいから
そうしているだけ。
ただ、それだけ。
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優しい住人
誰もが寝静まる真夜中。
君の中で今日もせっせと働く影が一つ。
今日起きた事。
学んだ事。
君にとって思い出、または、記憶と呼ばれるそれらを
影は、仕分けて整理する。
影の仕事は、君の今日一日の行動を整理することから始まる。
朝の支度から始まり、その日食べた物、行った場所、会った人、その時交わした会話等など。
君が見たもの、聞いたもの、全てを書き出していく。
君が思い出したい時にちゃんと思い出せるように
インデックスをつけるのも忘れない。
その作業を終えた後、
今度は、君が感じた事を整理していく。
君の心の襞にやさしく触れ、君独自の感性を慈しむ。
影は、君が君である事が誇らしいのだ。
並大抵の人であったならめげてしまう作業も
頑張ってしまえるのは、
君の見てきたもの、感じた事、
君の全てが大切だから。
影は、手抜きをしない。
今日も沢山の大切な記憶を整理する。
その中で気になった出来事を繋げて
ちょっとしたプレゼントを作ってみる。
支離滅裂で意味不明な物を作っちゃうこともあるけど
君の反応が見たいから
作っている時は毎回ドキドキ、ワクワクしている。
今日の君はどんな反応をしてくれるだろうか。
現実でも覚えていてくれたら嬉しいな。
影は君の中でひっそりと微笑んだ。
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真夜中の影