過ぎ去った日々
十代に辛い時期が続いてストレスかかりすぎ、本来は脳に腫瘍が出来ていないと起きない症状が身体に出てしまった。
その頃から酒に逃げてきたし顎も外してた。
アル中にならなかったこと、クスリとは縁がなかったことはラッキーだった。
自分で自分を守れたとは全く思っていない。
頭数としての大人は周りにゴロゴロいたのに、どうもしなかった。
何度も話を聞いてもらったと思ってたけど、途中から「これ何の意味もないやつ?」と思ってた。
このままでは私は壊れますと毎回伝えていたのに何も起こらなかったから、1+1=2であるように、壊れた。
話せば話すほど絶望が深まり、自分だけが宇宙人なんかなっていう孤独の中にいた。
大学も辞めちゃったし。
あ、でもこれは体のせい関係なかった、うっかり便乗しちゃった。
辛かった日々もその後の日々もなるべく自分を治したいって本をたくさん読んだり人とたくさん話した。
表向きは明るいし酒席は声かかるしあちこちで働いたり好き放題生きてきた。
私という1人の人間を、「明るくて自由で悩みなさそうでいいね」って見てくれる人もいるし、「お前周りと話し合わないだろ、もっと大人になればわかってくれるやついるよ」って見てくれる人もいた。
あまり何も語らなくても人の深いとこまで見てる人と見てない人がいるんだって若い頃から知ることができた。
それは相手の人の自己紹介のようでもあって、もしかしたらその人たちも深い傷と向き合った経験があったのかもしれない。
でもそのものさしを持っていることと相手の人間の好き嫌いは別だった。
何十年も経って今、過ぎ去った日々の上に私は立っている。
概ね良好、でも今の環境で気楽に飲みに行ける人いまだ出会えていないことが由々しき問題。
ほんとトンネル、これ出口あるのかな。
もうそんなにHP残ってないよー!
お金より大切なもの
心。
人。
健康。
笑い。
空想。
音楽。
でもさ、お金がもし存在しなかったらとかってやっぱ実際やってみないとわからんじゃん。
自分がどうなるのか、全然想像ついてないしさ、きっとそういう人も多いでしょ。
やっぱ死ぬまでに経験してみたいわ、そういう世界線。
テクノロジー進歩したよね、よく知らんけど色々できるっしょ、パァーッとお金なくしちゃってさ。
配る形式にすると子供たちに渡るはずのお金が心配になっちゃう。
成人まで親が管理するっていうルールにしちゃうと渡らない子が結構な数いるでしょ。
どうしても後見制にするのなら、ちゃんとお金の流れ追えるようにして管理者に第三者も入れてもろて、親の機嫌ひとつでコントロールできるような謎システムにはしないで欲しいな。
お金で解決できることはとても多いけど、ぜったいにお金では解決できないこともあるんよね。
それでもでも、解決できることはバンバン解決できたほうがいいもんね、いつかそういう環境で過ごしてみたいなぁー。
たまには
「たまには海に行きたいなぁ」って思っていて、昨日行ったの!
「うちから1番近い海岸」って検索して出たところへ行ってみた。
浜辺で本でも読めたらいいなって思って、お茶と本とストールとビーサンを持っていざ。
初めての海岸だったんだけど、海岸一面に風紋がついていて、本当に綺麗だった。
私の好きな感じの船が沖に2隻浮いていて、これはやばい、どストライクかも、と砂浜へ向かった。
こんなに優しい砂浜あるんだって思う砂つぶ、海がめっちゃ生きてる感じがした。
そしたらほんとにヒトデが打ち上がっていたり、つやつやした貝殻もたくさん。
拾い上げればほろほろと崩れるほどの、向こうが透けて見える紫の貝殻、こんな綺麗な貝殻初めて!と興奮して探し回る。
しかし、風紋が絶えず出来るほどの風です。
びょーびょーに吹いてた。
風は冷たくてストールを鼻まで巻き上げ、海の水はあまり冷たくなくて裸足で歩くのが気持ちいい。
この風では本は1ページも読めないし、海ぎわのお店は全部お休み。
駐車場には車が2台、誰もいない広い砂浜に入れ替わり立ち替わり人が来るのがおもしろくて。
まちこ巻して完全防寒のバケツを下げたレディーが3人、むこーうの方へ歩いてった。
おじさんが2人で大きな声で、「ここのラインまでは大丈夫」とか砂浜を指しながら話してた。
観光かな?と思しき、砂浜までは下りないで堤防から写真だけ撮っていく人たち。
こんなに人のいないところへ今日この時に居合わせるって、ご縁感じるわぁーと思いつつ、途中買ったパンを齧る。
帰り家の前で娘と会った。
「どこ行ってたの?」「ん、海行ってた」「海??なんで?」「んーママ飲み友達できないし歯が割れてるから」「え、そうすると海行くの?」「人それぞれだろうけどママは行くんだよね」「へー。今日おやつ何ある?」
あの海たまに行きたいけど風あまり吹いてない日あるのかな?
大好きな君に
実家で柴犬を飼っていました。
家族にとって初めての犬、子供の頃に犬が欲しかったけど許可降りず、なぜか末子が大学生というタイミングで飼い始めた犬。
子犬の頃は鼻がぺちゃっとしていて小さなたぬきみたいだったし、手のひらに載せられるほどの大きさで、体が弱くてちょっと病気がちでした。
みるみるうちに成犬になり、ものすごく速く走れるようになったり鼻が前に伸びてばりイケメンになりました。
柴犬は飼い主との信頼関係は強いけど他の犬と馴染まないから、犬を遊ばせたり散歩仲間とかできにくいよ、と聞いていましたが、運命の出会いがあり満場一致で彼がうちに来ることになったのです。
前評判通り他の犬とは混ざらなくて、ちょっと買い物の間待っててねとつないでおいても、キリッとお座りをして不要なときは吠えない、頼りになる犬でした。
車に乗ると必ずと言っていいほど酔って生あくびが出るのに、ドアを開けると自ら飛び乗って助手席にお座りするほど好きでした。
彼の人生の後半から私や兄弟たちに子供が産まれ、里帰りでしばらくの間赤ちゃんと暮らす機会が何度もあったけど、彼は赤ちゃんやよちよちの子供に向かって吠えたりちょっかいを出すこともなく、不意に触られても怒らずに、共に生活してくれました。
私がお産で里帰りをした時、彼は最期の時を過ごしていました。
寝ている姿勢で過ごすことが多く、散歩も行けなくなって室内を数歩歩いてすぐに横たわってしまうような状態がしばらく続きました。
滅多に鳴かなかったのに、何度も鳴いたり吠えたりしていました。
私は子供に集中するようにと言われていても、一日中鳴き声が聞こえ、無視しているのもつらくて、体がキツいときに「もう鳴かないで!」って怒鳴ってしまった。
数日後に彼は亡くなりました。
あんなに鳴かない彼だったので本当にしんどかったろうと思います。
仕方ないよって思います。
タイミングとも思います。
でも、ただ怒鳴ってしまったという行為以上の苦さが残っています。
罪悪感がいつまでも残るのは、行為の客観的な重さと自分が下した罪の重さが釣り合わなくてもいいからでしょうか。
ひなまつり
夫がお雛様を出してくれました。
引っ越してきた今の家にはまだお雛様を置くに適した場所がありません。
そんなこともあって、私は「まー今年はしょうがないしょうがない」と思ってスルーしようとしていました。
夫がある朝「今日はお雛様を出します」となんや高らかに宣言し、あっという間に折りたたみの机などを駆使しテキパキと設置してくれました。
「場所が無い無いと思ってもやればできるものなんですね」とかなんとか言いながら、お雛様はやっぱり飾られたら本当に華やかでとっても可愛い。
家の中の空気がほんのり明るくなりました。
私には妹がいて、私の時に浮かれた祖父母から大きなお雛様をもらってしまい、妹が生まれて同じようには出来ずなんか濁され続けてきた実家だったので、お雛様はその家の娘の身代わりとかその娘を守っているとか聞くたびに、「うちのお雛様は誰の代わりなんだ」とモヤモヤしてきました。
ですのでお雛様に対する信心も育たず、「まー可愛いけど」で飾るにはでかいし高いし、ぐらいにしか思っていませんでした。
工芸品、美術品としては本当に美しいですけどね。
それでも歴史は繰り返し娘が産まれると、両親がお雛様を「あげたい」と言ってくれたのでもらいました。
思い入れもなかったはずなのにいざ選ぶとなったらお内裏様の顔をこれでもかと見ました。
美形かどうかよりもパートナーを大事にしてくれるかどうかという点で顔相判断に熱がこもりました。
結婚するとかしないとかは当然好きにしたらいいと思うし、自分の幸せは自分で決めて欲しいけど、パートナーいる時もあるかもしれないし、その時にはこの願掛けが功を奏してくれたらいいなと思います。
娘を理不尽に傷つける存在が現れたら夫が鬼の形相でギッタギタにしに行っちゃうと思うし私も釘バット持って参戦するし警察にご厄介になるしかないし夫婦で檻の中だし、そうはなりたくないので功を奏してくれたらいいなと思います。
お雛様頼むね、今年ひなあられもあげてなくてごめんけど。