Love you
“Love you”って英語っぽく言うと「らびゅー」みたいで、「あでゅー」と似てると思っちゃう。
詳しいことは何も知らないけど、私の中の百科事典では言葉は音が先、文字があと。
てことは全ては響であって響の中にある意味を本当は嗅ぎ取れる、何語であっても。
てことは「愛してるよ!」と「さよなら!」はほぼ同じことなんだろ。
同情
ついさっき、又吉さんが西加奈子さんの著作について語っている動画を見たところです。
著作の中で貧困や労働環境や過酷な状況に置かれた人々を当事者でない立場で書いていいのかという葛藤が西さんにはあったと聞いて、と又吉さんがお話しされていました。
同情という言葉からは「立場」に関わるというニュアンスを感じるような気がします。
「同情するなら金をくれー」が一世を風靡したことは記憶にありますが、当事者ではないやつから「可哀想に」とか「大変だね」という気持ちを向けられることよりお金もらった方がマシだーみたいなニュアンスでしたでしょうか、違ったでしょうか。
共感は欲しいけど同情はいらないとかね。
なんとなく悪ニュアンス付きがちな同情さんです。
貧困などの大きな問題ではなくとも何か問題を抱えた時、同じ問題を抱えた者同士で集まりたくなります。
同じような経験をしていると共感は得られます。
共感が非常な癒しをもたらすことがあることも知っています。
でも、解決に向けて考えてみると、似たような視点しか持ち寄れない場合が多いこともあります。
立場がまったく違う人は、まず問題を理解してもらうのが大変です。
説明で全てを賄わなければなりません。
先方の世界観にないことは、言葉を尽くしても伝わらないこともたくさんあります。
理解してもらいたい側は諦めを取り入れる必要があります。
ここで共感を求めてしまいたくなります、心の細枝が数本折れ始めているから。
でも辞めずに話していると、「ハッ」とすることがあります。
食べたことないフルーツの味を知った時みたいな。
その視点が解決へ導いてくれることもあります。
立場が違う人の場合、共感はできません。
でも自分が相手との交流を望んでいて、双方に橋をかけるには、先方にも原動力が必要です。
それが同情であってもこちらに向けるエンジンを止めずにいてくれたことに感謝を申し上げたい、一旦。
最初に橋がかかれば、そこから友情愛情尊敬や好き嫌い、なんでも発展させていけばいい。
嫌いなら橋を焼き払ってしまえー。
同情が局面を変えることもけっこうあるよ。
枯葉
昔日記を書いていた。
出来事と内観。
出来事と内観。
時々本や漫画、映画の感想。
ノートに手書きしていたものを実家で見つけた。
ちょっと読んでみた。
記憶には残っていない出来事、それに対する感想。
ちっとも今の自分と接点を感じられなかった。
枯葉みたいだなって思った。
かつて瑞々しく枝に根ざし日光を目一杯浴びて風に揺れたり木漏れ日作ったり台風に耐えたりしたんだろう。
時が来てそっと枝を離れて乾くに任せて。
風に吹かれれば幹とは離れた場所へ行き、そこで朽ちたり土に転生したり掃除されて燃やされたり。
幹の近くに落ちればまたその木の養分になりまた葉になるのかな?
誰かに拾われてドライリースかなんかの一部になって人んちで生き延びていくやつもいるだろうね。
誰かとのやり取りや言葉を後生大事に持っていることってあるもの。
枯葉って葉っぱ人生終えて枯葉にしか出せない音を獲得してるところがいいわ、リスペクトだわ。
今日にさよなら
ただいま絶賛「第4回なんもかんもわからん期」である。
外側にはいつもよりポンコツ度が増して見えるくらいかもと思うが、中身はドロドロに溶けた蛹状態である。
長く生きているから、この状態はもう4度目ぐらいであり、どこまで溶けても穴から漏れ出すこともないし、ほっときゃ羽化することはわかっているので心配はない。
ただキツい。
おそらく歯に負担がかかっているようで、3ヶ月で2本も割れた。
歯医者さん怖いからマメに通い虫歯を遠ざけてきたのに…めそめそめそ。
知人と話していたらすごいモヤモヤしている気がすると言われ、外にもバレていた。
その人には自分の内側を書き出すことで言語化しアイデンティティを確立するといい、と言われ後から手段を教える連絡が届いた。
それは的を射ているのかもしれないし、思いやりであることはわかったが、やった後の感想を求められたのでお
断りした。
アイデンティティが確立したような気がして生きている期間が終わったから蛹なんすよ!(反抗期)
ここを急いでしまうことには違和感があって、言語化することで漏れるものについて考えているから、このモヤモヤは晴らしたいものではないんです私にとって。
過去の蛹期に書きまくっていた結果、連れて行けなかった何かのような気がして。
なるべくモヤモヤのありのままの姿のまま、れっきとした一員として連れていくやり方を探している。
や、連れていくなんて気負わなくても勝手についてきてくれてるから今もあるんですけどね、イキゴミです。
蛹期は時間の流れかたも摩訶不思議である。
水の中に潜っている時ぐらい外界の出来事がくぐもっている。
ものすごく長い数時間もあれば記憶がないぐらい一瞬で終わっていく日もある。
それでも、1日が終わると1歩は進んでいると実感する。
明けない夜はないし春はくるし蛹は羽化する。
私が何をしてもしなくても、そんなことはお構いなしに時間が私を運んでくれる。
だから、ちょっと笑って今日にさよなら!
お気に入り
ひとつ目のお気に入りは子供たちと駅まで歩いている時自然と歌が始まって、みんな好き勝手なパートを歌い出す合唱タイム。
今日低音しかいねーよ!とかボーカル不在でパッパー的なことしか参加しない人手不足の時とか今日のボーカルこぶし効いてんねとか色々。
1番頻度が高い歌は「監獄のお姫さま」ってドラマの劇中歌のヨーグルトのCMソング。
すごく面白いとかじゃないんだけど、なんであんなに心が満ちるんだろ。
あとはやっぱ夜!
誰かと飲んでも1人で飲んでも、駅からの帰り道イヤホン爆音で音楽聴きながら歩いてる時。
頭頂部と後頭部の間ぐらいがパッカーンしてる感じある。
私の中では人と話す時はおでこの斜め上が開いて、矢印は斜め上に向いていて。
夜の帰り道に開いてるのは後ろ側、矢印は私の中に向いてる。
そして私の中に住んでるあの子。
存在に気がついたのは数年前、初めて会ったときは「お、おう」ってなった。
種族が人間じゃなかったからちょっと驚いて。
彼女を知っていくうちにすっかり大好きになった。
顔を具現化したくなって、最初は絵で描いたけどピンとこなくて、布を切り貼りしてるうちに顔になった。
なんか絶対あの子だった。
今はそこで止まっているけど、世界を作っていきたくなってる。
彼女が住んでる家も職場も通勤スタイルも上司も家族も好きな子も好きなファッションも全部聞いてるからなー。
画像のコラージュも試してみたけどどうしてもちょっと質感が違って、ええー布でやるしかないんか、と。
楽しいけどめんどいのよ、実際の作業はさ、そんで光陰矢の如し。
いつかあの子を外に出してあげられますように。