バレンタイン
もう、バレンタインとか自分の心から離れすぎて今浮かぶのは細川バレンタインさん…。
とはいえ、娘が大きくなってきてチョコを作りたいとか言い始めてるから売り場には行くんですけどね。
もとは企業の始めたイベントだってみんな知ってるのに、形を変えつつまだ存続してるの面白いなぁ。
やっぱり日々にイベントあった方が彩りがありますね。
もう節句とかもだいぶ薄れちゃってる我が家ですが。
多様化が進むと、こういうイベントもどんどん細分化されていくのかな。
今のところ年季行事ではどれかというと、サンタ業務が1番ヘビーかも。
ポケカとか入手困難過ぎぃーサンタさんへの手紙に遠慮なくレアなやつとか出来れば2BOXとか天真爛漫に書いてくるから…。
もちろん希望は叶えられず、リクエストより全然少ない数入れて「あーサンタさんルートでも入手出来ないんだねぇ、人気すぎて!」って言ってなんとか過ぎたけど、ねぇ。
便利と裏表だもんな、不便。
ハッピーバレンタイン!
伝えたい
私はおばあちゃん子でした。
親とソリが合わなくて、社会人になってもおばあちゃんちに泊まりに行ってグダグダ親のこととか聞いてもらってた。
おばあちゃんは特別アドバイスとかしなくて、親に何か言ってくれるわけでもなくて、いつも「あんたと話してると楽しいわ」って言って、何杯も紅茶を淹れてくれた。
笑いのツボも合ってね、なんてことない話で涙が出るほど笑いころげたり、話の尽きないおばあちゃんでした。
ちょっと変わってて、親族からは浮きがちだったおばあちゃんだったから、同じ民族だったのかも。
痛みの伴う持病があったけど「あんたの子供見たいから死ねない」って長生きしてくれて、抱っこしてくれて、1ヶ月で死んじゃった。
こないだ1人でロングドライブして歌いまくっていたらふと、おばあちゃんのこと思い出しました。
もう亡くなってから10年以上経ってる。
思い出すことはあるけど、もう感情が動くことはなくなっていたのに、急に会いたい話したいって涙が溢れてびっくりしました。
きっとおばあちゃん本人はこんなに私のことを支えてくれてたって知らなかったんじゃないかな。
会えていた時にちゃんと感謝やそういうことを伝えていなかった。
でもそれでいいって思った。
誰かにとっての誰かって支えたり支えられたりしているものだと思うから、そうやってめぐればいい。
そこにいてくれることがとても大事。
や、感謝を伝えることは大切です!すぐに伝えましょう!
この場所で
今まで住んできた場所は何箇所かある。
自活のための引越しだったり、離島で働いたり、恋人の家に転がり込んだり、留学したり、結婚したり、家を買ったり売ったり、いろんな「この場所」に住んできた。
久しぶりに大きめの移動をした。
「引っ越してきました」と言うと「どこから?」と聞かれる確率が高く、「東京からです」というと「東京から?なんかすごいですね」みたいな言われ方をすることも何度もあったし、「あー私の娘が千葉に住んでて東京たまに行くけど、私は人多すぎて住めないわ」みたいなことも数回言われた。
東京をすごいところと持ち上げておいてスッと線引きするスタンスや、東京の何がいいんでしょうかね、みたいにちょっと下げてみるスタンスや、いろんなスタイルを感じてきた。
人々が「東京」というものにモヤついた感情を持っていることとそれを表に出すことは「東京」だからやっていい仕草であるんだなと。
他の場所から来ましたと言ったら、同じ人でもそういうことは言わない感じがする。
みんな優しくて良い人なことは伝わっている。
私は東京生まれなので一応東京はふるさとである。
一応、と付いてしまうのは、東京の公共性?というのか、いわゆるイメージのふるさと感は持ててないからである。
変化はえーし。
ずっと住んでいた人間からすると、外側からたくさんの人々が押し寄せてきて、「経済やってます!」ヅラで好き勝手やって金を稼いで、壊して建ててまた壊して、荒んだ空気に疲れた人は帰る場所があるが、地元民はやりたい放題やられてどんなに空気が澱んでも帰る場所のないふるさとである。
離島に住んでいた時期にも、移住者と地元民との確執の話を聞いていて、似た構図に思えた。
「そんな開発賛成した覚えない」と感じる隙も権利も与えられない速さで動いていくから、どうしたって心に蓋をしてこの場所を愛さないようにせざるを得ない。
今まで何度となく愛着を持っていた場所を取り壊され、再開発され、新しいその場所を愛することができなくて喪失感を味わって、その繰り返しが速すぎて心のアキレス腱が切れて蓋を用意した。
加齢による側面はあるがそれだけではない。
東京に生まれたことは私が選べたことではない。
それでも、そういうことは言ってもいいことになっているし、言われても仕方のないことになっているのだな、という温度感勉強になりました。
今回そういうことを新鮮に感じたということは、自分が今まで住んだことのある東京以外の場所はみんな、似た構造の場所だったんだなと気がついた。
特別に東京愛持ってなかったし、むしろ愛着の持ちにくさを感じても来たけど、ちょっと可哀想に思っちゃった。
とか言いながら、今住んでいるこの場所をとても好きになって、これからもこの場所で生きていきたい私です。
ちょっとイキっちゃったの許してちょんまげ。
誰もがみんな
横っ腹に風穴あいてるんかってぐらい心に隙間風吹く日がありますでしょう。
出来事から喰らったダメージは大方把握出来てるし、対処も対策も自分への慰めすら完了しても。
それでもスースーするのが止まない日。
長い年月生きてきたから、死ぬほど凍えてもそれでは死なないとわかりきってる。
何事もずっとは続かないし、温かいものを飲んだり湯船に浸かったりあたためてあたためて、過ぎるのを待つ。
それでもまた隙間風が吹き始める時があって、もう友達なんかな、この穴。
花束
花束ってあげてももらっても嬉しいものですね。
振り返ってみると、数回しかもらった記憶がありません。
あげる時は、お菓子が無難かなという場面にお花をあげることを選ぶこともありました。
渡した時相手の心に届いて(願わくば)(香りの力もあります)、その後すっと消えていく感じがとても好きです。
その点はお菓子も同じですね。
華道を長いことやっていた影響で、お花そのものと自分との距離感みたいなものは変わってしまった気もします。
もらった時は純粋に嬉しい。
問題はその後です。
家に帰って花瓶とかコップとかに挿すとき。
角度がなんかちょっと落ち着かない、とか、ちょっと切るか、とかって始まって、喜びを忘れています。
収まるところに収めることが出来たら、喜びが戻ってきますが、うまく行かなかった場合は喜びが一部しか戻ってきません。
他の技術にも似たようなことがいえるのかわかりませんが、何かを学んだゆえに失われる喜びはけっこうあるような気がします。
「好きを仕事にするな」的なことを見かけることもありますね。
そういうことなんでしょうか。