まいける

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2/7/2026, 8:36:10 AM

時計の針

たまに、やたら秒針の音の大きい腕時計ってありますよね?
いっとき気になっても、ずっと鳴ってる音って無意識にノイズキャンセリングしてしまうようでしばらく気にならない。
でもまたふとした時、この腕時計の秒針の音デカいなーって気になる。
自分の時計の音の時より他人の時計の時の方が気になったりして。

秒針の音が気になるときはパラレルワールド感が強い時。

ふと、自分が今感じている現在がさっきまでの世界と地続きであったか心許なくなったり。
家に1人でいたら外の世界が存在してるか心許なくなったり。
よく知っているはずの家族がもしかして中身別人になったかと心許なくなったり。

ごく短くそんな瞬間が訪れるとき、人間の脳の儚さについて考える。
確かな昨日の続きが今日であるし、1人の人はずっと同じ人間であり続けるし、とにかく誰も保証してくれない確かさの上に物事を考え続ける。
めっちゃおめでたい。
正常化バイアスとか思考の合理化とかいう表現も出来るかもしれないが、なんかもっとノーテンキさを感じる。
力づよー。

2/6/2026, 5:52:03 AM

溢れる気持ち

ハッ眠ってしまった。どれくらい寝ていた?しまった、息子はどこに…?

娘が生まれたばかりの頃、うっかり寝落ちしていたことがあった。
息子はまだ2歳になって少し、片時も目を離せない時期だった。

一瞬自分がどこにいるのか、今一体何時なのかわからなかったのは、部屋の中が暗くなっていたから。
慌てて見渡すと、部屋の端っこの窓辺、ほそーく開けられたカーテンから射す光の中で、静かにレゴで何かを作っている息子がいた。

「ごめんね、ママ寝ちゃってた。なんで部屋が暗いのかな…?え、電気はどうして消えてるのかな?カーテンも閉まってる…?」と混乱していたら、「ママが寝たから⚪︎⚪︎がやったよ〜いつもママがしてるみたいに」「え?電気のスイッチはどうしたの?」「椅子にのぼったんだよ」

その時私は圧倒されていた。
自分が何を受け取ったのか大き過ぎて言葉にならなかった。

人が人を思いやるとか、そのために行動するとか、そういうことはもっと後から習得していくような事柄なのかと思い込んでいた。
息子の発達が早めだったのかもしれないとか言葉にしてしまえばそんなことなのかもしれないが、もっと根本的な人間観のようなものが覆されたような心持ちだった。
性善説とも違うし、ギビングな人とかなんかそういう心理的な傾向や素質などのこととは枠組みが違うような。

もう昔の話だけど、あの時の心の状態は今もはっきり思い出せる。
溢れるほどの気持ちを感じた時は言葉にして輪郭を与えていくと絶対に表現できない何かが存在するし、きっと芯はそっちにあるんじゃないかなと思う、私の表現力では〜。

2/5/2026, 2:57:18 AM

Kiss

息子が初めてしてくれたKissは1歳ごろだっただろうか。
親は産まれてすぐから勝手にチューチューしていたことを、自分から自分の意志でしてくれたことに驚きと喜びがあった。
個人の感想だが「いつもしてくれて嬉しいから僕もやります」という感じではなく、「どうやらこれは愛情を示す行動なのであろうからやってみます」という感触だった。

もちろん小鳥チューみたいのではなく、たっぷりのよだれごとほっぺまで埋め込んでくる、魚拓ならぬ顔拓のようなものであった。
もちろん母は歓喜して10倍返しにしてしまったわけだが、個人の感想でも書いたとおり、息子はKissされることを本能的な喜びと受け取っているようにはあまり思えなかった。
「あなたの行動の動機は理解していますので受け取りはします(はにかみ)」というワンクッションがあったような気がする。
それなのにその後もずっとしまくってしまった。ごめん。

息子はほっぺとほっぺをくっつけたり抱っこは大好きで、自分からもして欲しがるしされて嬉しいことのようだった。
大人でもそうですよね、スキンシップの種類は好みがありますね。

その後に生まれた娘は、こっちが咄嗟に「喰われる」と思ってしまうほどの深度で突っ込んでくる人であった。

2/4/2026, 2:45:07 AM

1000年先も

良いお題。
何も思い浮かばない。
100年先だったとしても何も思い浮かばないかも。

きっと人それぞれ時間のものさしを持っていて、それはたぶん、その人の現在の年齢とかに左右されるものではなくて、もともと持って生まれたものさしのような気がしていて、私のはおそらくかなり短い。

確かに思える未来方面は来週のことぐらいまで、それよりも先は例え予定を入れていたとしてもかなり輪郭が点線。
「カレンダーに予定入ってたのは知ってたけど、ほんとにこの予定来るんだ!」って驚いたりすることもしばしば。
ユーレイ部員のような存在感でしか掴めない。

それは「今を生きる」って感じのことではなく、ものさしの問題だと思うのです。

もちろん過去方面も短くて、印象的なことが増えてくると過去もボロボロ抜け落ちて、自分の人生振り返ってもなんだかあんまり覚えていない。
しかし出来事は思い出せなくとも起きていたわけで、その時の自分の畑には撒かれているわけで。
肥料の内容は思い出せないけど現在の畑にはこんなものが実っていますということは隠しきれもしないわけで。

過去に見た映画や読んだ本だって買っちゃうこともあるし、後半まで見てから「あ、これ見たわ」って楽しむことだって出来ちゃうのです。

1000年先のテクノロジーでそのものさし伸ばせますよって言われたとして、どうかなー伸ばすかなーなんか興味ないなー。

2/3/2026, 12:33:14 AM

勿忘草

勿忘草って文章の中でたまに見かける言葉だけど、私の人生の中では縁がない植物だった。
勿忘草って見かけても、どんな葉っぱでどんなお花なのか思い浮かばない。
これだけ見かけるということは、人々にとってはそれなりに触れる機会があり、思い出なんかもそこにあって、何かを想起させる存在なんでしょう。

そういう、多数の人々は知っていそうだけど自分はわからないものに触れる時、「同じ文化圏で育ったか」ということを思う。
今までの職場で、違う方々から何度か「帰国子女なんでしょ?」と言われたことがある。
先方はもちろん悪気のかけらもなく、むしろ褒めていますという気配を漂わせておっしゃっていたように思う。
残念ながら私は東京生まれヒップホップ育ち(ヒップホップ育ちではない)悪そうな奴らは大体友達(友達ではない)(ややこしいが時代の力に抗えない)というフレーズがすっと出るぐらい、どっぷり国産です。
帰国子女なんでしょ、の発生元としては、あーこの人同じ文化圏で育ってないんだな、だからああいう振る舞いになるんだろうなって、いいなーもあったかもしれないし、だから仕方ないんだなーもあったかもしれない。
言われた私は、ちょっとだけ切り離されたような気持ちになったわけだけど。

勿忘草も知らないし仕方ないか。

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