ブランコ
ギィ……ギィ……
残業がやっと終わりいつものように背を丸めて歩いていたとき、微かに錆びた鉄の擦れるような音がした。それは、小さな公園に近づくほど大きくなる。
ギィ……ギィ……
誰か遊んでいるのだろうか。でも、こんな時間に一体誰が?残業の疲れと、得体のしれない音への恐れを好奇心が僅かに上回った。息を殺すようにして公園に足を踏み入れた。
ギィ……ギィ……
何の変哲もない質素な公園で、ブランコだけが息をしていた。ひとりでに。
「ひっ。」
思わず漏れた声を掻き消すように勢いを増す揺れが恐怖を倍増させる。
「こんにちは。おじさん。」
後ろから声がした。声変わりもまだしていない少年のような声だった。
「だ、誰だ!?」
声がひっくり返ると同時に、足を踏み外して尻餅をついた。
「僕だよ。」
やはり声から想像されるような、かわいらしい少年だった。少年は、ブランコを指差していった。
「あれを動かしていたのは、僕だよ。」
「え?」
少年の言っていることを理解できなかった。ただ、少年があどけない笑顔を向けるので、先程までの恐怖は消えていた。気がついたら少年はいなくなっていて、ブランコも風で時折揺れるだけだった。
『……続いてのニュースです。〇〇市の✕✕公園で、8歳の男児が遺体で見つかりました。遺体は……』
旅路の果てに
旅の先にはこの街が待っている。行き止まりの街に、様々な想いを抱えた人々がやってくる。
「こんにちは。」
一人の老人がヨロヨロと歩いてきた。
「こんにちは。旅の方ですね。」
「ええ。」
老人は虚ろな目で辺りを見渡した。
「……ここには、何もありませんね。」
「そうかもしれませんね。」
あえて、曖昧に返事をした。
「私は、もうすぐ死ぬでしょう。」
老人は思わぬことを口にした。
「なぜ、そんなことを……。」
「長いこと旅をしてきてわかるんですよ。年の功というかね。……この場所は私の人生みたいだ。こんなに歩いてきたのに何もなかった。何かを見つけてみたかった。」
「ここは、何も無いわけではありませんよ。」
そう言って、頭上を指差した。無数の星が光る。
「見えているのは同じ星なのに、こんなにも綺麗なんです。あれらは一つでも欠けてはいけません。」
「……ここで一生を終えてもいいですか。」
数日後、彼が息を引き取ったと聞いた。
次は、誰がやってくるのでしょうか。
街へ
街は薄暗くなり、その姿を変える。
笛の音の方へ歩みを進めると、少年が目を細めて笑った。
「あなたはどうしてここへ?」
「……さぁ、私もわからないんだ。」
「あなたが帰る方法を教えてあげましょうか?」
「いや、なぜだかもう少しここにいたい。」
「そうですか。でも、絶対に9時までには帰るように。」
「……それはなぜ?」
「それは知らなくていいことです。いいですか、絶対にですよ!」
先ほどとは打って変わって真剣な眼差しで声を荒げる。
「わ、わかった。それまでには帰るよ。」
少年はまた優しげな笑みを浮かべた。
周囲には屋台が並んでおり、普段は見ないような珍しい品が並んでいる。なぜか懐かしい気持ちになり、仕事の疲れも忘れて屋台を一つ一つ見て回った。
気づいた頃には、時計の針は9時を過ぎていた。
「✕✕くん、どうしたの?」
「いや、あの人は無事にこの街を出たかなぁと思って。」
「僕のようにここに縛られてほしくないからね。」