公募用の作品書いてたら時間なくなっちゃったけどお題が好みで絶対に書きたい気持ちなので別日にまた書き直します
雨っていいよね〜
思い出した頃にまた見返してもらえると嬉しいです
多分更新してます
カリカリカリ
A4のキャンパスノートにペンを走らせる。少しずつ黒色に染まっていくノートを見て、思わず笑みがこぼれた。
「あれ?」
ふと自分の手元を見ると、インクが手に付いていた。いつの間に付いたのだろうか、ノートにインクが擦れなくてよかった。手に付いたインクを眺めていると、この日記を書き始めた当初のことを思い出した。
私はインクを集めるのが好きだ。青色、赤色、黒色、様々な色に揺らめくインクを見ていると、心臓が宙に浮いているような不思議な高揚感に包まれる。しかし、集めるばかりでは芸がない。折角の綺麗なインク、使わないのはインクがかわいそうだ。
そこで私は日記を書くことにした。日記であれば毎日とは言わずとも、高頻度でインクを使うことができるだろう。引き出しを開けて、誕生日にプレゼントされた万年筆を手に取る。万年筆の金の装飾が、部屋の白熱電球の灯に照らされ煌めいた。蓋を開けてカートリッジを取り出し、黒いインクを染み込ませる。
「うわぁ」
慣れていないせいかインクが手についてしまった。勿体ない。手に付いた黒を眺めていると、私がインクを吸い取っているように思えた。いつか私もこのカートリッジのように黒一色に染まってしまうのだろうか、なんて馬鹿なことを考えていた。
「ある意味ではインクに染まっているなぁ」
過去を思い出し、そう呟く。私の日常を全て日記に書き記して、記憶はインクに形を変えた。濃密とまでは言わないにしてもそれなりに厚みのある日常を送っていたと思ったのだが、文字に起こすと案外薄っぺらかった。
キャンパスノートは20冊目に突入したし、インクだって何度も買い足した。ノートの量としては多く感じるが、人生の記録と考えるととても少ないだろう。
私の人生が終わるとき、このノートはどのぐらい溜まっているのだろうか。紙の上の深みのある黒を見て、私もこのインクのように深みのある人生を送りたいなぁと考えた。
─私の日記帳─
うららかな陽射しに、肌を撫でるそよそよと心地のいい風。今日は絶好の散歩日和だ。思わずスキップしたくなるような気持ちで家を出る。今日はいつもは通らない道でも通ってみようと、適当な路地を曲がって、曲がって、知らない場所に辿り着くまで進んでみた。段々と人通りが少なくなり、景色が見慣れないものへと変わっていく。
何度目かの路地を曲がると、煉瓦畳の細い道へと辿り着いた。
「こんな路地、あったんだ」
好奇心に心を躍らせ路地の奥へと進む。
塀の上で黒猫が欠伸をしている。
どこかからかはみ出た薔薇の花が道を飾っている。
雨が降ったのだろうか、花弁に水滴がついている。
地面の水溜りが空と私を映している。水溜りの中の私と目が合い、何故か夢を見ているような不思議な感覚に陥った。
ニャー
猫の鳴き声に、ハッと意識が現実へ戻る。目線をあげるとアンティークショップらしき店が目に映った。いつの間にか路地の最奥まで来ていたようだ。
「やってんのかな、この店」
人通りの一切ないこんな路地裏に客が来るとは思えない。隠れ家的なテイストを売りにしているのだろうか。
カランカラン
そっと扉を開け店に入る。
美しい金色の装飾に青い羅針盤の懐中時計、深い黒の中に薄っすらと青や紫が反射しているインクや、シンプルだけどところどころについた銀の装飾が映える万年筆。映画の中でしか見たことないような、英国風のクローゼット。
普段見ることのないアイテムが陳列された店内に、思わず目を奪われてしまう。
「いらっしゃいませ」
「わ!」
背後から声をかけられて驚いてしまった。店なのだから店主がいるのは当然なのだが、珍しい品々にめを奪われていた私はそこまで思い当たらなかった。
「すみません! 大きな声を出してしまって」
慌てて振り向いて謝罪をする。店主は店の雰囲気によく似合う、老紳士といった見た目をしていた。
「ふふふ、大丈夫ですよ。そんなに輝いた目で見て貰えると親としても嬉しいです」
「親?」
「ああ、失礼。ここにある品々は、私にとっては子供のようなものなのです」
不思議な雰囲気を持つ人だ。老人なのだから年は離れているに決まっているのだが、なんとなく数十年どころではない年代の違いがあるような貫禄がある。見慣れない品々達の持つ雰囲気も相まって、異世界に来たように感じた。
「どうです? 誰か気になる子はいましたか?」
物を言い表す言葉にしては違和感を覚えるが、それだけ商品のことを大事にしているのだろう。
ふと視線を感じた私はくるっと店内を見渡した。すると、1つの鏡が目に入った。
私の背と同じぐらいの全身鏡で、じっと見つめると鏡の中を私も見つめ返してくる。すると、また夢を見ているような感覚に包まれた。しかし、どこか悪い気はしなかった。
「ふふっ、その子ですか」
「あっ」
いけない、またぼーっとしてしまった。
「どうでしょう、その子。引き取る気はありませんか?」
「え?」
思いがけない店主の申し出に驚く。しかし、今は手持ちがない。
「すみません、今持ち合わせがなくて……」
「ああ、お代は結構ですよ」
「え? で、でもそんなわけには……」
「実はね、ここの子たちは売っているわけではないんですよ。私はこの子たちが望むべき場所へ行けるように手助けをしているだけなんです」
そう言って、店主は愛おしげに鏡を撫でた。不思議なことを言う店主に、この人もしかして電波なのかなと薄っすら思った。
「あなたはきっと優しい方なんでしょう。どうか、この子をよろしくおねがいします」
そんな店主の声が聞こえた次の瞬間、私は自分の部屋にいた。夢を見ていたのだろうか、なんて考えながら部屋を見渡すと、1つだけ家を出たときと違う点があった。
「鏡……」
先程のアンティークショップで見た鏡があったのだ。恐る恐る鏡の正面に立ち、じっと映る私を見る。また、私と目が合った。鏡の中の私はどこか満足げな雰囲気を漂わせていた。
─向かい合わせ─
ミーンミンミン、ミーンミンミン
肌に纏わりつく不快な空気と脳に響く蝉の声で目が覚めた。今は何時だろうか、とスマホを確認する。
AM 9:38
天気 晴れ 降水確率30%
気温 32.0℃
「32℃か……、最高気温は36℃……」
はぁ、と溜息が出る。
「今エアコン壊れてるのに」
ボロアパートのエアコンなだけあって大分前から調子が悪かったが、等々先日動かなくなってしまった。この暑さで空調が効かないのはきつい。下手したら熱中症になってしまう、そう考えた俺はLINEを開いた。
───
『今日そっちいくわ』既読9:41
『なんで?』9:44
『今日暑いじゃん』
『俺の家エアコン壊れてるから死ぬ』
『お前の家エアコンあんじゃん』既読9:45
『あのさ』
『なんでくるのが確定してるの?』
『前々から思ってたけどいつも勝手に決めるよね』
『私の意思とか関係ないの?』9:50
『そんなんじゃないじゃん』
『恋人なのにそこまで気使うの?普段から行き来してるじゃん』9:51
『なんでそんな怒ってんの?』9:53
───
既読がつかない。そんなに怒られるような言動だっただろうか?女ってのはよくわからない。こうして話してる間にもじわじわ汗をかいていて、じっとりと肌に張り付くシャツが気持ち悪いと、なんでこんな不快な思いをしなければならないんだと少しいらっとした。
少しでも暑さを紛らわすため、財布を手にしてコンビニへ向かうことにした。
ミーンミンミン、ミーンミンミン
「いらっしゃいませー」
自動扉が開き、途端に爽やかな空気が火照った体を冷やしてくれるのを感じた。アイスでも買おうと冷凍ケースのある方へ向かう。
「あ」
目に入ったのはチョコミントのアイスだった。俺は歯磨き粉みたいな味で好きじゃないが、彼女はこの味が好きらしい。夏が来るたびにチョコミントの商品が発売されるのを楽しみにしているのを知っている。楽しそうにしている彼女の顔を思い出した罪悪感が湧いてきた。
俺はチョコミントアイスとソフトクリームを手に取りレジへ向かう。
「ありがとうございましたー」
ミーンミンミン、ミーンミンミン
アイスを買いコンビニを出ると、先程までの空気とは裏腹にむわっとした空気が体にまとわりつく。
「やっぱ暑いな」
ジリジリと肌を焦がすような日差しが恨めしい。少し歩くといい感じの公園があった。少し休むことにしようと、俺は木陰のベンチに座りスマホを手に取った。
───
『あのさ』
『朝ごめん』
『お前の好きなアイス買ったから』
『話してくれない?』10:23
───
まだ既読がつかない。はぁ、と溜息を溢して先程買ったソフトクリームを手に取った。
ソフトクリームは少し溶けており、手に垂れてきて食べにくかった。
ピロン
通知が届いた。恐らく彼女からのだろうとすぐにLINEを確認した。
───
『考えたんだけど』
『私達もう無理だと思う』
『別れよう ごめんね』10:29
───
ボタッ
食べかけのソフトクリームが地面に溢れ落ちた。わらわらと蟻が集ってくる。頭に霧がかかったかのように何も考えられない。
何分たった頃だろうか。ぼーっと地面に落ちたソフトクリームを眺めていると、地面が滲み水玉模様が浮かび上がる。ぽつぽつと雨が降ってきていた。ぼんやりとする頭の中で、降水確率は低かったのにな、なんて薄っすらと思った。
いつの間にか、蝉の声は聞こえなくなっていた。
─やるせない気持ち─
「起きて」
声が聞こえ、目を開いた。途端に視界が白で満たされ目が眩む。数秒瞬くと視界は青で満たされた。
「ここは?」
「解釈は分かれるけど、悪い場所じゃないよ。私にとってはね」
聞きたいのはそういうことじゃないんだよな、と思いつつ周りを見やると鮮やかな青緑が煌めいていた。空を仰いでも、地平線を見やっても視界は青一色。砂浜の白だけが異質だ。
僕は何故ここにいるんだろうか。記憶に穴が開いた、いや、元から何もなかったかのように何も思い出せない。さざ波の音がノイズのように頭に響いている。
「君は誰?」
「私は海だよ。ここには私と君しかいない」
「どうして?」
「君は死んだんだ、または生まれたというべきか。今の君は君であって君じゃないのさ」
海と名乗る存在曰く、ここは"再生の場所"で行き場を失った魂が元の場所に還るための場所。僕の肉体はもうなくなっていて、魂だけが彷徨いここにたどり着いた。そして今は浄化の最中らしい。
「それで浄化が終わったら転生できるんだよ」
「でも、それはもう僕ではないんだ」
日差しが爛々と僕と海を照らす。反射した光が目を射すように輝きチカチカする。
「ある種、今の君も君ではないけどね。生きていた頃の君と記憶のない君は決して同じではないよ」
「もう、記憶も体も戻らないの?」
「死んだんだから当然じゃない。安心してよ、全部終わったら転生できるからさ、まぁ人間になれるとは限らないけどね」
カラカラと、どうでもいいように声は笑う。ひいては寄せて足を濡らしてくる波が、僕をからかっているようでなんだか憎たらしく思えた。
「なんで僕を起こしたのさ。何者でもないなら、そのまま何も知らないままに終わらせてくれればよかったのに」
「仕上げのためさ! 転生のためには君がこちらにこなきゃいけないんだ」
私は運ばれてきた魂を浄化するだけで、魂を運べるわけじゃないからね。と声は言う。
「こっちって……、周りは全部海じゃないか。何処へ行くっていうんだよ」
「海しかないなら海に決まってるだろうよ! これだから人間は頭が固くて困っちゃうな」
何を言ってるんだろうかこの声は。生身の人間が海の中を渡れるわけがない、そんなことをしたら死んでしまう。魂の状態でもまた死ぬなんてことはあるのだろうか。
「怯えてるのかい? 大丈夫だよ、万が一苦しくても転生した君にはその記憶がない。刹那の苦しみは過ぎ去れば過去なんだ。未来に渡ればなにもないのと一緒さ」
海面を漂う白い泡が、こちらを招く手に見えた。恐る恐る海に足を踏み入れる。途端、足場になっていた砂浜が海に溶け、僕の視界は青一色に染まった。それまで聞こえていたさざ波の音はゴポゴポと耳鳴りのような海の音に変わり、意識が薄れていく。海底に沈む最中、水面の光の輪が見える。ぼんやりと眺めていると、記憶の奥底に宿る愛しい誰かの笑顔が見えた気がした。
─海へ─