檸檬焼酎

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うららかな陽射しに、肌を撫でるそよそよと心地のいい風。今日は絶好の散歩日和だ。思わずスキップしたくなるような気持ちで家を出る。今日はいつもは通らない道でも通ってみようと、適当な路地を曲がって、曲がって、知らない場所に辿り着くまで進んでみた。段々と人通りが少なくなり、景色が見慣れないものへと変わっていく。
何度目かの路地を曲がると、煉瓦畳の細い道へと辿り着いた。

「こんな路地、あったんだ」

好奇心に心を躍らせ路地の奥へと進む。
塀の上で黒猫が欠伸をしている。
どこかからかはみ出た薔薇の花が道を飾っている。
雨が降ったのだろうか、花弁に水滴がついている。
地面の水溜りが空と私を映している。水溜りの中の私と目が合い、何故か夢を見ているような不思議な感覚に陥った。

ニャー

猫の鳴き声に、ハッと意識が現実へ戻る。目線をあげるとアンティークショップらしき店が目に映った。いつの間にか路地の最奥まで来ていたようだ。

「やってんのかな、この店」

人通りの一切ないこんな路地裏に客が来るとは思えない。隠れ家的なテイストを売りにしているのだろうか。

カランカラン

そっと扉を開け店に入る。
美しい金色の装飾に青い羅針盤の懐中時計、深い黒の中に薄っすらと青や紫が反射しているインクや、シンプルだけどところどころについた銀の装飾が映える万年筆。映画の中でしか見たことないような、英国風のクローゼット。
普段見ることのないアイテムが陳列された店内に、思わず目を奪われてしまう。

「いらっしゃいませ」
「わ!」

背後から声をかけられて驚いてしまった。店なのだから店主がいるのは当然なのだが、珍しい品々にめを奪われていた私はそこまで思い当たらなかった。

「すみません! 大きな声を出してしまって」

慌てて振り向いて謝罪をする。店主は店の雰囲気によく似合う、老紳士といった見た目をしていた。

「ふふふ、大丈夫ですよ。そんなに輝いた目で見て貰えると親としても嬉しいです」
「親?」
「ああ、失礼。ここにある品々は、私にとっては子供のようなものなのです」

不思議な雰囲気を持つ人だ。老人なのだから年は離れているに決まっているのだが、なんとなく数十年どころではない年代の違いがあるような貫禄がある。見慣れない品々達の持つ雰囲気も相まって、異世界に来たように感じた。

「どうです? 誰か気になる子はいましたか?」

物を言い表す言葉にしては違和感を覚えるが、それだけ商品のことを大事にしているのだろう。
ふと視線を感じた私はくるっと店内を見渡した。すると、1つの鏡が目に入った。
私の背と同じぐらいの全身鏡で、じっと見つめると鏡の中を私も見つめ返してくる。すると、また夢を見ているような感覚に包まれた。しかし、どこか悪い気はしなかった。

「ふふっ、その子ですか」
「あっ」

いけない、またぼーっとしてしまった。

「どうでしょう、その子。引き取る気はありませんか?」
「え?」

思いがけない店主の申し出に驚く。しかし、今は手持ちがない。

「すみません、今持ち合わせがなくて……」
「ああ、お代は結構ですよ」
「え? で、でもそんなわけには……」
「実はね、ここの子たちは売っているわけではないんですよ。私はこの子たちが望むべき場所へ行けるように手助けをしているだけなんです」

そう言って、店主は愛おしげに鏡を撫でた。不思議なことを言う店主に、この人もしかして電波なのかなと薄っすら思った。

「あなたはきっと優しい方なんでしょう。どうか、この子をよろしくおねがいします」

そんな店主の声が聞こえた次の瞬間、私は自分の部屋にいた。夢を見ていたのだろうか、なんて考えながら部屋を見渡すと、1つだけ家を出たときと違う点があった。

「鏡……」

先程のアンティークショップで見た鏡があったのだ。恐る恐る鏡の正面に立ち、じっと映る私を見る。また、私と目が合った。鏡の中の私はどこか満足げな雰囲気を漂わせていた。

─向かい合わせ─

8/25/2022, 11:33:20 AM