『さよならは言わないで』
夢を見た。さながら白昼夢のようで詳細は忘れたが、たしかあなたはこう言っていた。
「じゃあな、〇〇〇」
そう言いながら、俺が住む団地の四階から飛び降りて行った。夢の中の俺は特に狼狽えることもせず、また帰ってくると思いながら呑気に手を振った。それから、数ヶ月。彼が戻ってくることはなく、新聞の紙面で彼が居なくなったことを知る。あの時俺が止めていたなら良かった。そうすれば、あの人は死ななかった。
「……ねえ、」
「ん、どした?」
それはもちろん夢の話。今、夢で死んでしまった彼は目の前にいる。そして玄関から普通に帰る。
「今日さ、変な夢見たんだ」
「ああ、そりゃ災難だったな」
「だからね、いつもみたいにじゃあなって言って欲しくないんだ」
そう伝えると、何も意味がわからないと言った風に首を傾げた。それはそうだ。
冬の始まり
秋が来ると一気に過ごしやすくなる。夏ほど暑くなく、冬ほど寒くない。たまにどちらか寄りになるのを何度か繰り返すと、いつの間にか冬になっている。冬の始まりは、若干肌寒い。
「ヒートテックどこしまったっけ〜?」
そして今、朝出かける前なのに探し物をする始末。たしかここら辺にやったから、あと少しで見つかるはずなのだ。
「あ? 今日見つけなくてもいいだろうよ、別に」
「やだよ! もしもっと寒くなったらやだ」
自分でも分かる、寝ぼけていて語彙が少なすぎること。ヤダしか言わないなんて子供みたい。
「そんなタンスの中身ポイポイ出すなよ」
「いいもん、自分で後で片付けるし」
しない。絶対にめんどくなって頼む羽目になる。
「ガキのフリするな、お前29なんだろ?」
「うぐ……」
夏場に着たヘンテコなTシャツを握りしめながら見上げると、そこには去年ぶりに顔を合わせるヒートテックの姿が。さっすがー!!
「え、どこにあったの?」
「さっき投げてたよ、裏地グレーだから気づかなかったんじゃね?」
そう言いながらも、しっかり黒い面が上になってるあたりさすがとしか言えない。
「ありがとう〜!」
「うっせ、さっさと行くぞ」
こういう時、恋人ならヒートテックが無くても、人肌で暖めてやる。とか言うのかな。
「俺の手、ヒートテックであったかいから、協会まで繋いでいかない?」
「……俺別に寒がりじゃないけど」
「お礼みたいなものだよ」
「気色悪いなあ、お礼になるかよ」
そう言いながらちゃっかり、手をぎゅっと握りしめてくれる。この強い拳が、誰より暖かくて、心強いんだよ。
「私たち、卒業したらバラバラだね」
「まあ、そだな。俺もこんなとこ来る用事そうそうないしな。」
「俺たち、夫婦で言ったらさ」
「お、おん」
「どっちがどっちになるんだろうな」
「いや、どう考えてもお前が嫁じゃね?」
「確かにさあ、俺は女だよ?」
「うん、そりゃそうだよ」
「けどさ、料理はお前のが美味いじゃん」
「お前料理できねぇから」
「俺だってやればできる! けどお前が全部やってくれるから成長しなかったの!」
「オレらそもそも両方タキシード着たしな」
「だって俺ドレス似合わないもん」
「そりゃそんなに背が高けりゃな」
「別に北斗がドレス着れば良かったんじゃない? はは、スレンダーだからきっと似合……う……」
「想像して笑ってんじゃねえか!」
「由樹はさ、どうしてオレにしたの?」
「うーん、お前とならどこにでも行ける気がしたから。何しててもうまくやれそうだし」
「お前はどんな壁でも殴り飛ばしそうだけどな」
「でも手当てはお前がしてくれなきゃ」
「別に捨てて帰ってもいいんだぞ?」
「照れるな、俺を見捨てられないことも知ってるから」
「……………………」
「やっぱ北斗が嫁かぁ〜?」
「北斗晶みたいだからヤダ」
おわり
一筋の光
私にとってのあの子だ。夜の帳がゆっくり降りて、星の光たちがあたりにきらきら足をつける。その中でも一際輝く満月みたいな優しい光があなただ。愛しいよ、苦しいよ。だって朝が来たら行ってしまうじゃない。笑って次の夜を迎えられないかもしれないじゃない。
それでもあなたのことだけは、いつまでも満月のままでいてと願う。他者への祈りは傲慢な呪いと同じだ。だけど、暖かい光と冷たい空気が許してくれているような気がした。そんな澄んだ夜が好きだ。あなたが好きだ。
(片思い中のポエムなのでした)